【ストーリー~保険に加入する理由~】シリーズVol.3
保険になぜ加入するのか?
この問いに対する答えは人それぞれだと思います。
本シリーズでは様々な登場人物の物語を通じて、”人それぞれの理由”を疑似体験して頂きたいと考えています。
お楽しみ頂けますと、幸いです。
<写真=pixabay.com>
私たちは4人家族だった。夫婦と息子、そして上の子と8歳違いの娘の4人。息子のタカシが22歳の若さで亡くなってから、はや13年が経ち、この春には娘のミホが結婚した。
義理の息子のマサキ君は、明るく優しい男性で、私たちはホッと胸を撫でおろしたものだった。娘夫婦には、平穏で幸せな日々を送ってほしいと願う。
1. 娘の夫
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「そうだ、次の休みには、ミホたちが食事にくるわよね? ご飯どうしましょうか?」
私は夫に尋ねる。春に結婚してから、娘夫婦は必ず月に一度は顔を見せにきてくれる。息子のタカシを亡くし、一人娘しかいない私たちを気遣ってのことだと知っていた。
娘夫婦は隣町の中古マンションを購入し、共働きで忙しくやっている。時間をつくってこちらに来るときには是非もてなしたい。
うーん、と夫は宙をにらむ。それから「中華はどうだ?」と言った。
「マサキ君は中華が好物だっただろう。酢豚とか、エビチリとか」
「ああ、いいわね。じゃあそうしましょう」
夫との平穏な日々はもちろん悪くない。だけど娘夫婦が来てくれる日は、やはり心が弾む。
ミホが「結婚しようと思うの」と口にしたときは、仕方ないとは分かっていてもやはり寂しかった。もう家に子供がいなくなってしまうことに、どうしようもない悲しさを感じることもあった。
だけどミホが連れてきた男性は朗らかで優しく、多少子供っぽいところがあるけれど、私たちにも元気をくれる人だった。
2人は結婚して半年ほどなので、まだ具体的な将来設計はなさそうだ。夫に話すと苦笑されるが、私は若干それを心配している。
たとえば、子供のこと、繁忙期には忙殺されていると聞く仕事のこと、それからそれから……。
ハッとして、頭を軽く振る。ダメダメ、娘といってもよそ様の家庭よ。相談されたならともかく、口を突っ込まないようにしなくっちゃ。
仏壇の上の息子の笑顔を見た。写真の中で、タカシは今日も若々しい笑顔を見せている。
「……ねえ、お母さんついつい心配しちゃうわ。だけど、あの子たちを信じなきゃね」
写真の中、笑顔の息子は動かない。
ベランダに出ていた夫が、何か言っている。私は写真から目を離し、「なあに?」と返しながら足を向けた。
2. 息子の「ラッキー傘」
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息子のタカシをトラックの事故で亡くして以来、私はずっと罪の意識を感じている。
タカシがラッキー傘と呼んでいた折り畳み傘を、「こんなに晴れているんだから大丈夫よ」と笑って、置いていかせたのだ。
でも、とちゅうちょするタカシを遅刻するからと追い立てた結果、事故に巻き込まれた。
持っていかせたら良かった。
そうすれば、タカシは事故に遭わずに済んだのに。
新調したカバンにラッキー傘をしまうんだってぐずぐずして、タイミングがズレたはずだったのに。
タカシの死に、私は責任がある。
タカシが亡くなって以来、彼のラッキー傘は我が家のラッキー傘となった。傷んでいた骨を補修し、ほつれなどを直しては家族で使ってきた。天から降ってくる不幸から、タカシが守ってくれるように思えたのだ。
そしてそのラッキー傘を、結婚して家を出るミホに渡した。「あなたの大切な人を守ってくれると思うの」と話して。突然の雨から守ってくれるように。何かがあれば、傘が娘の夫の身代わりとなってくれるように。タカシが確信していたたくさんのラッキーが、娘の夫にも降り注ぐように。
ミホは頷いた。
娘の夫が嫌がるかもしれない、と考えていたけれど、マサキ君は受け入れてくれたようだった。
私たち家族の勝手な願いであることは、分かっている。だけど、かなり安心した。これで大丈夫、きっとタカシが娘夫婦を守ってくれると。
3. 大きな傘になりたい
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「ミホに生前贈与しようかな」と、その夜夫が言い出した。え? と私は首を傾げる。
「ほら、ミホたちさ、マンションを買っただろう。マサキ君名義だから、彼だけのローンだけどさ。彼に援助はハッキリ断られたけれど、うちから生前贈与したら、ミホが繰り上げ返済で使うんじゃないかな? ローンの負担も軽くなるんじゃないかって思って」
夫の会社では、子供たちへの生前贈与が流行っているようだ。夫もその流れに乗ろうと思ったらしい。
「……うーん。まだ子供もいないし、共働きだから困っていないと思うけれど。それより、子供ができたら学資保険を私たちで掛けるとか、そういうのが良いんじゃない?」
「ああ、なるほど」と夫は頷く。
私たちは、かなり保険にお世話になっている。
社会人となったタカシが、「俺生命保険入ったから」と言ったとき、私たちは「そんな必要はない」と言った。だけどタカシは笑って、「今、うちにそんなにお金ないでしょ? 俺に何かあったら、ミホの教育費にもなるんだし」と。
当時、夫が転職して半年ほどで、給料が大幅に下がっていた。私が更年期で仕事をセーブしていたこともあり、確かに家計が厳しい状態だった。
タカシが事故に巻き込まれた後、原因となったトラックは完全に無保険だった。揉めに揉めたうえ、ほかの被害者たちと裁判を起こしたけれど、国から最低限の賠償金が支払われただけだった。
そんなときに、おりたタカシの保険金。それをミホの大学進学時まで残しておき、無事に入学金と学費を支払えたのだ。
悲しみや苦しみ、悔しさなどの感情が一気に襲ってきて、あの頃、我が家は誰も笑えなくなっていた。
そんなときにぽうっと光った希望が、タカシが遺してくれた保険金だった。
あんな思いはもう二度とご免。だから今度は、私たちで娘夫婦を守っていきたい。人生の苦難という雨が降ってきたとき、そっと差し出せる傘に、私たちはなりたいのだ。
4. 娘夫婦の変化
<写真=pixabay.com>
週末、娘夫婦がやってきた。
腕をふるった中華料理を並べ、和気あいあいと食事をはじめる。しばらく雑談をしていた夫が、「そういえば、最近何か変わったことはあった?」とマサキ君に聞いた。
「あ、そうなんです」
マサキ君はお箸を止めて、言った。
「そろそろ保険入ろうと思ってるんですよ。俺に何かあったとき、家族の経済的な不安のことを何も考えてなかったなあって反省して」
一瞬、ぽかんとしてしまった。
どちらかといえば刹那的で、「今が楽しけりゃいいよねー」と話していたタカシ君が、将来設計の話をしたからだ。
それも、家族を守るための保険。ミホや将来生まれるかもしれない子供の経済的保障について、考えてくれたのだ。
いつになく真剣な顔で、マサキ君は話す。「娘さんと、これから僕たちでつくる家族を守りたいんです——」
じんわりと目頭が熱くなった。
隣を見ると、夫も目を赤くして私を見ていた。とても優しい目をして。そして、夫はマサキ君に向きなおり、ありがとうと言った。
「ミホのことを真剣に考えてくれて。おかげさまで、私たちも幸せだ」
ええ、本当に。
……私たち、とても、とても幸せです。
そのとき食べてた料理の味は、きっと忘れないだろう。会話のひとつひとつも、目の前にあるティッシュを探して笑われたことも。
私たちは、4人で穏やかな夜を過ごした。皆、ニコニコと笑っていた。
5. お互いを大切に思うからこそ考えること
どんな人生だって、ある程度の山や谷がある。波乱万丈でなくとも、良いときがあれば悪いときも必ずあるのだ。
悪いときに守ってくれるもの、安心できるものがあれば、人生はもっと明るくとらえられるのではないだろうか?
息子が家族の頭上に広げてくれたあの日の傘、次は私たちが娘夫婦の上に広げたい。
もっともっと、大きな傘になって。
記事内容は執筆時点(2020年03月)のものです。最新の内容をご確認ください。
<共同執筆者>
関目 いちこ
フリーライター
別名義でウェブ小説やイラストを書く。