人は様々な状況を想定して備えます。
心配ごとが現実に起こらないに越したことはないのですが、予め準備しておくことはやはり大事です。
今回はそんなお話をご紹介いたします。
<写真=pixabay.com>
これは、市役所に入庁したばかりの新卒職員のお話。
彼の名前は山下優斗。防災担当部署に配属されたのですが、「防災」に異常なほどに執着して頑張っていました。
「防災」といえば「備えあれば憂いなし」ということわざがあるように、普段から準備をしておけば、きっといざというときに役立つのです。大きな地震や津波で甚大な被害を受けた東日本大震災を教訓として、防災への意識が高まってきたのは記憶に新しいでしょう。
今回は、防災に燃える山下の姿を追っていきたいと思います。そしてなぜ山下がそこまで防災に意欲を見せるのか……その謎にも迫ってみましょう。
1. 入庁一年目に自らの希望で防災担当に
<写真=photo-ac.com>
山下が市役所の採用試験を受けたとき、「絶対に防災に関わる仕事がしたい!」と面接で強く希望していました。その並々ならぬ気迫に圧倒されたのでしょうか。
彼は無事に採用され、希望する防災担当の部署に配属されます。
採用試験のときから、ここまで個性の強い人間などなかなかいません。防災担当部署の上司たちは「どんな若い奴がくるんだ?」と興味津々のご様子です。
そして登庁初日。
山下「防災の仕事がしたくてこちらに配属していただきました。山下優斗です! よろしくお願いします!」
元気な声、そしてやる気にあふれる表情。上司、先輩たちも「イキのいい新人が入ってきたな」と感心するほどでした。
2. 誠実な仕事ぶりで上司から高い評価を得る
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いざ仕事に就くと、大量のメール処理から仕事が始まりました。事務処理も山積みで次から次へと仕事が舞い込んできます。しかも、入庁一年目の山下は雑用もすべて引き受けなければなりませんでした。
しかし、防災の大切な仕事である高齢者宅の見回り、危険個所の現地調査、防災啓発活動の準備など精力的にこなしていきます。その仕事ぶりは真面目そのもの。逆に「ちょっと頑張りすぎでは……」と上司からは心配の声があがるほどでした。
それでも山下はさらに勉強を重ねて、知らないことをどんどん先輩や上司に聞いたり、研修に参加したりして防災にのめり込んでいきました。
入庁して半年を過ぎたころ、上司から厚い信頼を得るまでに評価が高まっていました。
3. 周りからは「ご機嫌取り」と陰口を
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とにかく防災が好きで、さまざまな知識を身につけていった山下。人当りが良く、ほかの機関との連携が必要なイベントも上手にこなしていきます。
しかし、上司からの信頼は得ていたものの、同僚や一部の先輩からは「上司のご機嫌取りのために頑張っている」と陰口を叩かれるように……。
市役所内の同じ部署のなかです。自身の良くない噂を、山下が耳にするのも時間の問題でした。
ある日先輩から、釘を刺されます。
「なぁ山下。頑張るのもいいけどな、一人だけ突っ走ってると周りはそれに合わせなくちゃいけない。仕事を頑張りすぎて反感を買うときだってあるんだぞ。面白く思わないやつだっている。目立ちすぎるのもちょっと考えた方がいい」
4. それでも変わらぬ防災への姿勢
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先輩からの忠告に山下は悩みました。
防災の仕事がしたくて、必死に勉強して、やっと面白いところも、改善していかなきゃいけないところも分かってきたのに。
山下は、周りと調和をとりながら防災の仕事を進めることを考えました。しかし、仕事のペースを落とすことを我慢できませんでした。
こそこそ隠れてやっていくのは、やはり無理だと考えた山下。そこで忠告をしてくれた先輩に思いのたけを打ち明けました。
「防災の仕事がやりたいんです。もっとやらなきゃいけないんです。これは絶対譲れないのでごめんなさい!」
潔いほどの固い決意に、周りは首を縦に振るしかありませんでした。
5. 防災イベントの準備を進める
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月日が経ち、防災に関するイベントを開催することになりました。部署で担当するので、もちろん山下も会議に出席します。イベントでたくさんの市民の方に楽しんでもらえるようにと、山下は積極的に意見を出していきます。
大きな災害時に、戦力となる若い人から高齢者、子供にいたるまでとにかくたくさんの人に防災を知ってもらおうと、知恵を絞ってイベントの準備を進めました。
関係機関との連絡調整、道具・会場の準備、書類作成、広報など、ほかにもやることはたくさん。
めまぐるしい準備期間を経て、ようやく開催を待つのみとなりました。
6. 防災イベント当日「なんでこんなことやるの?」
<写真=photo-ac.com>
さぁ、防災イベントの準備は万全です。山下を含め防災の担当部署ではたくさんの市民に少しでも防災に興味を持ってもらい、高い志を持つ人を増やそうと、さまざまな展示などを用意してきました。
イベント当日、山下は仮設トイレ・簡易テント、水を入れるだけで食べられるようになるご飯など、普段あまり目にしない防災グッズの展示コーナーにいました。
そこで小学校低学年くらいの男の子が近づいてきます。
「ねぇ、お兄ちゃん。地震とか来るの? なんでこんなことやるの?」
たしかに大きな地震などそうそう来るものではありません。小さな男の子の疑問ももっともかもしれません。しかしそこで山下は……。
「そうだなぁ。地震なんて来ないかもしれないね。でもお兄ちゃんさ、でっかい地震に遭ったことがあるんだ。いっぱい人が亡くなって、食べるものとか、毛布もなくってさ。でも何にもできなかったんだ。地震なんて来ないほうがお兄ちゃんも嬉しいんだよ。でも地震が来たとき、いろいろ知ってたらもしかして何かできたんじゃないかな? って今でも思うんだよ。今日いっぱい勉強して、もし地震が来たらお父さんとかお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、みんなを助けてあげてほしいと思うんだ。どう? できそう?」
「うーん、わかんないけどできたらかっこいいね! ヒーローになれるね!」
「そうだね。じゃ、できるようになって帰ろうな。お兄ちゃんと約束な」
この男の子と笑顔で指切りをして別れました。
7. 取り越し苦労でも「備え」は無駄になるのが一番良い
そう、山下はあの東日本大震災の被災者だったのです。そして、その惨状を目の当たりにしていました。
防災を異常なほど熱心に市民へ広めようとしていたのは、ただの正義感や使命感ではなく、心からの懺悔の気持ちが強かったのでしょう。
大地震で感じた己の無力さを、誰よりも知っていたのでした。
自然の力には勝てないかもしれません。しかし考えられる限りの備えをしておくだけで、“できる幅”が大きく広がるかもしれない。そんな思いがずっとくすぶっていたんです。
防災なんてものは、取り越し苦労になるかもしれません。防災の知識なんて役に立つ日が来ないほうがみんなが幸せなのです。それでももしかしたら“来るかもしれない”災害に備えて、山下は今日も頑張っていくのでした。
記事内容は執筆時点(2020年03月)のものです。最新の内容をご確認ください。
<共同執筆者>
とや
フリーライター
ライターとして記事を書きつつ、カメラマン、コスメコンシェジュ、ラジオパーソナリティーとしても活躍中。