コラムタコと卵を試して生まれた大分発祥の医療装置

公開日:2018-12-27

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス~第3回

 

 「妻を一度も起こさずに朝を迎えられたのです。夢のような瞬間でした」

 

 こう打ち明けるのは、長野県在住で難病の筋ジストロフィーを患う土屋竜一さんです。念願だった、たんの吸引を自動で行い続ける装置「アモレSU1」を使った時の感想です。これまでのように吸引の際に喉を傷める不安がなく、また音も静かなので睡眠を妨げられることもありません。

 

 土屋さんが患う筋ジストロフィーは、体の姿勢や運動を支える骨格筋が障害される病気で、現在、2万5400人ほどが患っていると言われます。進行すると呼吸機能も低下し、たんや唾液、鼻汁などの分泌物を自分の力で体外に排出できなくなります。

 

 アモレSU1が登場するまでは、たんなどの吸引は家族などが1~2時間おきに行う必要がありました。万が一忘れると窒息することもあるため、介助する人や患者にとって大きなストレスになっていました。

 

アモレSU1の外観

 

たん吸引のつらさを軽減

 

 土屋さんが筋ジストロフィーを発症したのは10歳の時です。通信制高校を卒業したのち、ラジオパーソナリティとして活躍していました。難病とたたかいながらシンガー・ソングライターとしても各地でコンサート活動をしていたことから「車いすのソングバード」とも呼ばれるようになりました。

 

 ところが1994年に普通に呼吸ができなくなる「呼吸不全」になり、人工呼吸器が必要になりました。人工呼吸器を使うには、喉を切開して気管にカニューレと呼ぶ管を挿入する気管切開手術が必要になります。それ以降、土屋さんは人工呼吸器を24時間装着した状態で、妻や父親に看病してもらいながら自宅で療養生活をしています。

 

 土屋さんにとってアモレSU1は待ちに待った装置でした。先に紹介したように、昼夜を問わず24時間365日、家族がたんなどの吸引作業にかかわらなくてはなりません。土屋さんにとっては、従来の吸引法で吸引する際に息がしにくくなったり、喉に痛みが伴ったりすることが苦痛でした。

 

 こうした家族の負担や患者の悩みを取り除いてくれたのが2008年に発売された「アモレSU1」です。税抜き価格は16万円で、これまで約1500台が医療現場で使われています。使用しているのは、筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側索硬化症)といった神経難病や脊髄損傷や脳血管障害などで気管切開した人です。

 

自動吸引器を使った全体図

 

「ALSは病気じゃない」が医師を動かす

 

 アモレSU1の開発を提案したのは大分市にある大分協和病院の院長、山本真さん。約11年の歳月をかけて実現させました。山本さんが開発に取り組むきっかけになったのは、あるALS患者との出会いでした。大分市で初めて在宅医療を選んだ患者で、その理由に挙げた「ALSは病気じゃない」という言葉に、山本さんは大きな衝撃を受けたのです。

 

 ALSは前回記事の「肺のリハビリで、難病患者の呼吸を救う」で紹介したように、筋肉を動かす神経が侵される病で、病気が進行すると呼吸機能が落ち、人工呼吸器が必要になります。大分市では1990年頃からALSの患者会を立ち上げる動きが活発になり、当時は全国的に人工呼吸器を付けた神経難病患者が在宅医療に移行し始める黎明期でした。

 

 一方で、人工呼吸器による呼吸や、たんなどの分泌物の排出を医療従事者の手を放れて行うのはリスクがあるとも考えられていました。そうした時代に、山本さんが出会った患者は「ALSは障害に過ぎない。障害ならば家で暮らせる」と在宅医療を選んだのです。

 

 「こうした患者の思いを医療の専門家が受け止めないわけにはいかない」と、アモレSU1の開発を決意したのです。ただ11年をかけた開発の途中には、幾度も「もうだめだ」と行き詰まることがありました。そのたびに「『必ず突破口はある』と奮い立たせてきた」と山本さんは言います。

 

 アモレSU1は、喉にたまるたんなどの分泌物を、24時間休みなく、少しずつ吸い続けることができます。しかも、音が静かなので、患者や家族が睡眠を妨げられることもありません。いくつも特徴のある同装置ですが、最大の特徴は少量の吸引をし続けることです。こうした性能をもたせるために、どんな困難を乗り越えてきたのでしょうか。生卵やタコなど身近な食品が開発の突破口の一つになりました。

 

タコの粘膜が解決のヒントに

 

 少量の吸引を実現するために鍵となったのが、気管切開をした後に喉から気管に挿入するカニューレの形状を工夫することでした。カニューレは、気管を切開した人が呼吸をするために必要な管のことで、喉から気管に挿入して人工呼吸器とつなぎます。このカニューレに、たんや分泌物を吸引するためのチューブを内装するのですが、問題は吸引する口(穴)の場所でした。

 

 まず、課題に挙がったのが、気管を覆う粘膜を傷つけずに、少しずつ吸引することです。少量ずつ吸うには吸引力を小さくしなくてはならないので、吸引口は分泌物に直接触れられるようにカニューレの外側に付ける方が向いています。カニューレには、人工呼吸器から肺に送り込む空気が口の方へ漏れるのを防ぐ「カフ」という風船のようなものがついています。口の中から気管に流れ込む分泌物は、「カフ」の上に溜まるので、カフのすぐ上に吸引の穴を開けておけば吸引されます。

 

 一方、外側に付けると都合がよくないのが下からあがってくる「たん」です。たんを吸い上げるときに気管の粘膜に直接触れてしまうと、吸引口に粘膜が吸い込まれる可能性が高まります。粘膜が吸い込まれて気管が傷ついたり出血することを避けるには、吸引口は気管に直接触れないようにする必要がありました。ただ、分泌物にも直接触れない分、吸引の効率は落ち込みます。

 

吸引口を2箇所設けたカニューレの簡略図

 

 アモレSU1は安全性を優先して吸引口はカニューレの内側に付けたのですが、効率よく吸い上げるにはどのような工夫をしたのでしょうか? その判断に使ったのが、スーパーで買ってきた生卵とタコでした。

 

 まず検証に使ったのが生卵。これはたんを少しずつ吸い取るための実験です。卵白と卵黄にわけ、卵白はたん、卵黄は粘膜に見立てました。吸引口は効率優先で外側に付けて検証しました。すると、卵白は卵黄からはがれ、卵白のみが吸引されていきました。

 

 この状況からは、吸引口をカニューレの外側に付けても、粘膜が吸い込まれずにたんのみが吸い込まれます。しかし、生卵の実験だけでは、粘膜の安全性の検証には不十分でした。なぜなら卵黄の膜は表面張力があり、吸引されにくい性質があるからです。

 

 そこで、卵黄の代わりに粘膜として見立てために使ったのがタコでした。タコの上にたんと見立てた卵白を置いて吸い取ってみると、なんと卵白だけでなくタコも吸引口に吸い込まれていったのです。ということは外側に吸引口を置くと、気管の粘膜を吸い込んでしまう危険があるのです。

 

 その結果、安全性を優先して、吸引口を内側に付ける方式に決定しました。問題は内側に付けた状態でも、小さい吸引力で少しずつ吸引していくことができるかです。ここで、吸引口の場所を何度か工夫したところ、卵白は吸引されてもタコは吸い込まれないことが確認できました。

 

 呼吸は吸うよりも吐く時の方が空気の流れが速いため、この差でたんは下からあがってくるという働きも活かせます。これによって吸引口を内側に付けることが決まりました。こうした実験を繰り返した後に、患者で実証するための試作品をつくり、安全性を確かめていきました。この方針に決まるまでに2~3年の時間がかかりました。

 

ローラーポンプかシリンダーポンプ式か

 

 24時間365日、休みなく吸引を続ける機能を実現するのにも、試行錯誤がありました。最初に試作したのは、市販の電動吸引器にたんを検知したら作動するセンサーを搭載するモデルでした。電動吸引器が、たんがあるかないかを検知して、検知したら作動し、吸い終わったら自動で吸引が止まる仕組みです。

 

 ただ、この仕組みは患者ごとに、たんを吸引する圧力のセンサーの設定を細かく変えなければいけないため、汎用的ではないということから、別の方式を検討。その後も、くしゃみや咳をしたら誤動作をするなどいくつかの課題に直面しました。

 

 ここで大きく開発が前進することになったのが、開発に協力する医師の「たんは一気に取る必要はなく、小指の先位のわずかな量を持続的に吸引できればいい」というアドバイスです。最終モデル目前の、ローラーポンプ式を採用したところ、持続的に少量を吸い続けることができました。

 

 くるくる回転するモーターに沿わせたチューブを押しつぶすことで吸い上げる圧力を生じる仕組みです。吸い上げる量も調整することができ、呼吸を妨げないごくわずかな量も実現しました。

 

 「わずかな量」というのは、1分間に1リットルです。多いようで、1秒にすると17cc。人工呼吸器を付けた状態での一回の呼吸にかかる時間は5秒になります。換気量でみると、平均で400~500ccなので、1秒で吸い上げる17ccはわずかその3%にすぎず、呼吸への影響はほとんどないと考えられます。

 

 患者さんも苦しむことなく自然なたん吸引ができるというわけです。何かあった時に大容量を吸引するのではなくて、影響が起きない程度の微量の吸引を持続するという、呼吸を妨げない自動吸引の設計はこうして練られてきたのです。

 

 ただ、ローラーポンプはチューブを絞るため、耐久性の問題があり、その解決策として使用したのがシリンダーポンプです。アモレSU1では、注射器のような4本のポンプが順番にゆっくりと引いては押す動作を繰り返して、途絶えることなく吸引を続けます。

 

 当初は2本で試したのですが、動作にばらつきが生じました。ポンプ2本では「引き」と「押す」の繰り返しが、円滑にいかず少量ずつ吸い上げることができなくなったのです。次に4本で試したところ、動作が滑らかになり、構造も複雑になることもなかったので、4本に落ち着きました。

 

ALS患者会が育てた医療機器ベンチャー

 

 大分協和病院の山本さんが自動吸引器の開発の相談を持ちかけたのは、福祉機器を開発するトクソー技研(大分県宇佐市)です。社長の徳永修一さんは、同社を起業する前に、空調やATMなどの設計開発をするサラリーマンでした。

 

 独立したのは、学生時代の友人の兄がALSを発症したことを知り、ALSの患者会に入会してからです。ALS患者の実態を目にして、身体的な動きが制限される患者の自立支援になるような福祉機器を開発して、社会の役に立ちたいという思いが強くなっていたのです。

 

 そんな徳永さんですが、山本さんからアモレSU1の開発の相談を受けた当初は断わらざるを得ませんでした。機器に万が一の故障が起きた場合、生命に関わる恐れがあると考えたからです。ただ、山本さんの粘り強い説得と、たんの吸引は家族など介護する人にとって24時間体制の作業であるという現状から目をそらすことはできず、意を決し共同開発に挑むことになったのです。


 ALSの患者会で出会った神経難病の患者を診ている大分県内のドクターたちが、徳永さんが工場がわりにしていた自宅のガレージに集まり、アイデアを持ち寄りました。約11年の歳月をかけて山本さんを中心に、高田中央病院の瀧上茂理事長や大分県立病院の永松啓爾院長、南九州病院の福永秀敏院長など大分県内の医師や全国の医師の協力で実現することができました。

 

 「患者会で出会ったドクターに構想から研究開発、製品化に到るまで全面的な協力があったことは大きい」と徳永さんは話します。初期の研究から製品化にいたるまで深く開発に関わり、そして現在も、研究発表を通じて医療現場への普及に努めているそうです。

 

開発時の打ち合わせの様子

注:左からトクソー技研の徳永修一社長、大分県立病院の永松啓爾院長、南九州病院の福永秀敏院長、
大分県立病院神経内科の法化図陽一部長(2003年撮影)
 

 1995年に大分市で初めてALS患者が在宅医療を選び、その10年後には在宅医療を選ぶALS患者は10人ほどに増え、ここ数年は年間で20人強に増えています。現在、山本さんは1日に約10人ずつ、月曜日の午後と水曜日の午後に訪問し、在宅医療にあたります。「アモレSU1」はこうした患者側の取り組みが進む中で開発され、改良されながら大分県から全国へと広がりつつあります。


患者が自動吸引器「アモレSU1」を在宅で使用する様子

丸で囲んだのが「アモレSU1」

 

 「アモレSU1」は、あくまでも気管に挿入するカニューレの中にたんが詰まり、窒息する恐れを抑えるものです。肺炎やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの肺の疾患で、肺の奥からたんが出る患者の場合は、たんがカニューレに到達する前に手で吸引しなければならないことが多いため「アモレSU1」の有効性は限定的です。

 

 現在、山本さんが「これができたらいいな」と考えているのは、気管切開をした患者が再び声を取り戻す仕掛けです。「アモレSU1」を使っているいくつかの医療機関から「あるタイミングで口をパクパク動かすと声が出る」という連絡も入っており、少しでも話ができるような何かを開発したいと考える山本さんです。

■構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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