コラム三大疾病の脳卒中、リハビリは180日までの常識を打ち破る

公開日:2019-01-21

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第4回

 

 

 「以前のように両手で顔を洗えるようになりたい」

 

 左半身の手足が麻痺した60歳代の女性は、こう願いながら、あるリハビリ(リハビリテーション)に取り組みました。その女性は脳卒中を発症し、緊急入院して治療をしたものの麻痺が残り、退院してからもリハビリで通院していました。発症から6年、望ましい改善が見られない状態が続いていました。

 

 脳卒中は、脳の血管障害で生じる病気の総称で、大きく3つの疾患に分かれます。1つは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、そして血管が破れる「脳出血」、さらに動脈にこぶができて、そこに血液がたまり破れてしまう「くも膜下出血」になります。脳卒中の中で最も多いのが脳梗塞で全体の75.6%を占め、次に脳出血の19.8%、そしてくも膜下出血の4.6%になります(「日本脳卒中データバンク報告書2018年」)。

 

患者の約6割は片麻痺や、筋肉が不自然につっぱる症状が残る

 

 加齢のほか、食生活の偏りや喫煙、過度な飲酒などが原因で起こる生活習慣病で発症リスクが高まる脳卒中が恐ろしいのは、高い死亡原因と後遺症です。日本人の死亡原因では脳卒中は、「がん」「心疾患」「肺炎」に次ぐ4番目になっています。ある試算では、年間の発症者は29万人のうち、半分以上が死亡や介護が必要な状態になります(日本生活習慣病予防協会)。

 

 後遺症については、発症から4.5時間以内に治療を開始できれば症状は軽くなるといわれます。しかし、約6割の患者に「片麻痺」や筋肉が不自然につっぱる「痙縮(けいしゅく)」など手足に不自由が残り、要介護に認定される疾患のトップになっています(内閣府「平成29年版高齢社会白書」)。

 

「維持」のリハビリから「回復」のリハビリに

 

 後遺症の程度を軽くしたり、一度失った機能を取り戻したりするのに欠かせないのがリハビリです。脳卒中でのリバビリは「急性期」「回復期」「生活期(維持期)」の大きく3段階に分かれます。

 

急性期のリハビリは発症から2~3週間程度の間に体の機能低下を最小限に抑えるため、
回復期では同1~4カ月程度の期間で日常生活に必要な動作や機能を回復するため、
生活期では同4~6カ月以降に自宅に戻って回復期に取り戻した機能を維持するため、

 

 ――に行います。

 

 冒頭の女性は左半身に麻痺が残った状態で生活期のリハビリを受けている状態でした。つまり、残った麻痺が進行しないためのリハビリを続けていたのですが、あるリハビリを始めたところ麻痺していた左手の機能が回復し始めたのです。

 

 それまで右手でしか洗顔できなかったのが、リハビリ開始から4日目には両手で洗顔ができるようになり、さらに左手で髪の毛を整えられるようにもなりました。また8日目には蛇口に手を伸ばして両手で水を汲むことができるようになりました。

 

 ずっと麻痺していた左手に動きを取り戻したのが、関連する2つの筋肉に同時に電気刺激を与えるリハビリです。思うように動かない筋肉に電気刺激を与えると筋が収縮して動く。それを1日に肩や肘、指などの筋群に各100回ずつ、毎日繰り返すうちに、電気刺激なしでも麻痺した手足が少しずつ動くようになるという方法です。

 

諦めるしかなかった人を、どうしても救いたい」という作業療法士の思い

 

 このリハビリで使ったのが「DRIVE(ドライブ)」という二筋同時電気刺激装置です。開発を主導したのは、大分市にあるリハビリを専門とする井野辺病院の作業療法士、加藤貴志さんと理学療法士の大戸元気さんです。作業療法士は、入浴や食事など生活する上で必要な機能の回復や、作業を通して心のケアを行う専門家で、理学療法士は「起き上がる」「歩く」「座る」など基本的な動作能力の回復や維持をサポートします。リハビリに携わる専門家は、ほかに、言葉を話すとか、食べ物を飲み込むなどの練習をする言語聴覚士もいます。

 

■「DRIVE」の写真

 

 DRIVEは加藤さんが「今まで回復を諦めるしかなかった人を、どうしても救いたい」と開発した装置です。この装置は、私達が肩こりや腰痛などの緩和などで使っている低周波治療器の仲間です。体の表面に近い筋肉のマッサージや運動管理、痛みを和らげるといった目的や治療に応じて、さらに分類され、筋肉を刺激するDRIVEは、電気刺激装置に位置付けられています。

 

 仕組みも、設定した時間どおりに一定のリズムでマッサージをする一般的な家庭用の低周波治療器とは異なり、刺激を与えるタイミングで、セラピストが手動でスイッチをおして、筋肉に刺激を与えます。操作は簡単で、プラスとマイナスの電極を一対にして、刺激を与えたい筋肉の上に貼ります。

 

 あとは作業療法士などのセラピスト(療法士)が手元の押しボタンスイッチを操作して、指を開く、腕を伸ばすなどの患者の動きに合わせて、電気刺激を与えるだけです。握りやすい形状であるため、操作スイッチを持ったまま両手で患者の動作を補助することができます。DRIVEにはプラスとマイナスの電極が二対あるので、2つの筋肉に同時に電気刺激を与えられるので、複雑な動作の練習ができるのです。

 

 簡単な操作でありながら、高度なリハビリができる装置を開発したのは、「小さな民間病院でも最先端のリハビリをできるようにしたい」という加藤さんの思いがあります。加藤さんが熊本リハビリテーション学院で作業療法士の免許を取得して井野辺病院に就職した頃、脳卒中による片麻痺は「6カ月を過ぎると回復は見込めない」というのが常識でした。

 

 当時は医療関係者にとっては、回復の見込みのない患者にリハビリを行うのは「訓練を強いる人生」につながりかねないと、良しとされませんでした。とはいえ、麻痺の回復を望む患者に諦めるよう説得することは、加藤さんにとっては耐え難い悩みでもありました。

 

6カ月以上を超えた人でも改善する例の報告が伝わる

 

 そうした中、加藤さんに朗報が飛び込んできました。2000年頃に、治らないと諦めざるを得なかった「麻痺が回復できるようになる」という治験結果が伝わってきたのです。その後、加藤さんも直に確認しました。06年、香港で開催された世界神経リハビリテーション学会に参加した際に、6カ月以上経過した患者の麻痺が改善する日本での研究報告を聞いたのです。

 

 この時に発表された鹿児島大学の発見は、「筋と脳をつなぐ神経を作り直す」というものでした。また、これとは別の学会では、慶應義塾大学が電気刺激で片麻痺に驚くほどの改善がみられたという報告をし、「まさに驚天動地の出来事でした」と加藤さんは振り返ります。

 

 電気刺激で、脳の損傷した部分の代役を果たす神経回路を作り直し、麻痺した手足の機能が回復する可能性が見えてきたということです。「神経回路」というのは、脳と筋肉をつなぐ神経のことで、これを伝って、脳から出した命令通りに手足は動きます。

 

 脳卒中による後遺症は、脳が筋肉を動かすのに必要な命令を出せなくなるのが多くの原因なので、リハビリはそれを補う神経回路を作り直すことがメインになります。その効果を上げる「電気刺激療法」については、国内外で研究が進んでいます。

 

 その1つが、患者が筋肉を動かそうとするタイミングで、その動きを司る筋肉に電気刺激を与えることで脳に動きを覚えさせる方法です。電気で筋肉が収縮することにより、脳に「うまく動かせた」という信号が戻り、これを繰り返すことにより運動回路が「太く」なり、神経回路を補強させていくのです

 

 この方法は効果があると考えた加藤さんは「規模の小さな民間病院でも大病院並みの最先端のリハビリを実現しよう」と、大戸さんと一緒に、より簡便な方法で麻痺を改善する研究を井野辺病院で08から始めました。治療機器の開発では、地元で低周波治療器のOEM(相手先ブランドによる生産)を手がけるデンケン(大分市)とタッグを組みました。

 

 このプロジェクトでデンケンに対して、大分県から13年に補助金が出されました。大分県が県内の中小企業に対して補助金を出す「大分県医療機器研究開発補助事業」で採択されたのです。行政からの支援も加わり、井野辺病院とデンケンで共同開発したのが冒頭に紹介した「DRIVE(ドライブ)」で、15年4月に医療機関向けに製品化されました。それ以来、全国で約150台が90の医療施設に導入されています。

 

■「DRIVE」を共同開発した大分県の井野辺病院とデンケンのメンバー

前列左からデンケン執行役員の山本光広さん、井野辺病院の井野邉純一院長、
同院技術統括室プロダクトマネージャーの山本文弥さん、
後列左から理学療法士の大戸元気さん、作業療法士の加藤貴志さん

 

人間がセンサー代わり、セラピストと患者の呼吸を合わせる医療機器

 

 小規模の病院でも導入できるように、「DRIVE」にはいくつかの工夫をしています。根底にあるのは、簡素なつくりで機能を最大限に発揮するということです。例えば、電極を2つに絞るかわりに、様々な組み合わせで筋刺激を行えるのも工夫の一つです。いずれかの電極のみ、もしくは同時に2つの電極から電気刺激を与えることができ、それを機械まかせにするのではなく、人が操作します。患者のタイミングに合わせて電気刺激を与えることで効果を狙うやり方にしました。

 

 電気刺激療法にはいくつかの種類があります。体内に電極を埋め込むタイプのものから、患者の手の動きをセンサーで読み取って電気を流すタイプなどがあります。治療の精度が高くなれば、医療機器の複雑化に加え価格も高くなりがち。

 

 規模の小さな民間病院が導入するには経済的な障壁となってしまいます。そこで加藤さんは「人間がセンサーの役割を果たせばいい」と、セラピストと患者の呼吸を合わせれば使えるシンプルな操作のリハビリ機器があればと考えました。

 

 一方で機械の力で人間の負担を減らすこともしています。電気刺激で麻痺のリハビリをする場合に、同じ場所に50~100回の電気を流すことになります。この時、一方向に電気を流していると、火傷してしまいます。それを防ぐため、「DRIVE」では、1秒おきに、プラスとマイナスの電極が切り替わる仕組みになっています。

 

 技術力を駆使して効果を最大限に出す工夫はほかにもあります。例えば、痛みを軽減しながら、筋肉の収縮を高めること。

 

 手首や肘など関節を動かすために適したパルス幅は、300μs~400μs(マイクロセカンド)と言われています。この幅が広くなると早い段階で痛みを感じるようになります。これを解消するため、DRIVEでは、パルス幅を50μsと100μsの2種類に設定できるようにしました。ただ、これでは関節を動かすレベルの筋収縮を生じさせることが難しいため、小刻みに3連発にすることで、パルスの幅を狭くしたまま、300μsとほぼ同等の強度を出すことを可能にしました。

 

 低周波治療器でノウハウを蓄積してきたデンケンでは、電気刺激を強くしても痛みを感じにくくする技術を回路に落とし込むことで、医療現場の要望を実現しました。

 

 また意図するタイミングで電気刺激を与えることも重要です。リハビリ患者が筋肉を動かそうと思ったタイミングで該当する筋肉の神経に刺激を与えると、脳と筋肉がつながる神経が特定され、それを繰り返すと、その神経が太くなるからです。

 

片麻痺特有の症状を2対の電極で改善

 

 「DRIVE」の最大の特徴が2つの筋肉を同時に刺激できることです。例えば、何かに手を伸ばしたり、手で物を動かしたりする動作には複数の筋を使います。脳卒中で起こる麻痺には、複数の筋肉の動きが正常時とは違ったものになってしまう症状があります。

 

 例えば、半身に麻痺が残る片麻痺の場合、腕を前に伸ばすと肘が曲がるといった症状がよく見られます。また肘を曲げようとすると肩がすくんだり、手を伸ばしたまま腕を肩から上に上げようとしても肘が曲がったりしてしまうのです。

 

 脳卒中の発症から2年が経っていたある50歳代の男性は、この症状に悩んでいました。井野辺病院では「DRIVE」を使って、「肘を伸ばしながら腕を肩の高さに上げる」リハビリに取り組みました。

 

 肩からまっすぐ伸ばした腕を上に上げる動作(肩関節屈曲)のリハビリには「肩の付け根から伸びる三角筋の前側(三角筋前部繊維)と、その横あたり(三角筋中部繊維)」あるいは「三角筋前部繊維と二の腕にある筋(上腕三頭筋)」を同時に電気で刺激しながら動かす練習をします。

 

■肩をおおう「三角筋」と二の腕
の下側の「上腕三頭筋」に電極を貼った様子
提供:井野辺病院

 

 これを1日に50回を2セット、2週間実施しました。すると、腕を伸ばした状態を維持したまま肩の高さまで上げることができるようになりました。それが以下の写真です。

 

■50歳代の患者の使用例

リハビリ前                                                      

リハビリ後

 

 ただし、一度、思うように動かせたとしても、リハビリを継続しなければ、またできなくなってしまいます。動作をする神経回路が新たにつくられても、それを強化するためには継続的なリハビリが必要なのです。

 

保険でカバーされない「リハビリ難民」を救いたい

 

紹介してきたように「DRIVE」の開発で、発症から6年や2年とこれまで回復の限度とされていた半年を超えた人でも、失われた機能を回復できる症例が出てきました。医療現場の思いと技術の力が、従来の常識を覆してきたのです。

 

しかし、このイノベーションが広がる上で壁になっているのが医療保険制度です。現在の医療保険でリハビリを受ける場合、脳卒中を発症してから180日までは、最大1日3時間まで保険が適用され、患者の自己負担は医療費の3割ないし1割になります。

 

 リハビリの現場では、保険制度を踏まえて麻痺の症状に合わせて、動作の訓練を行います。例えば、手の筋が過剰に収縮して「どう動かせばいいのか分からない」という症状には、「ベッド上で仰向けの姿勢で腕を伸ばしたまま肩から垂直に上げる」訓練を、毎日1セット50回を2セットもしくは1セット100回と行います。

 

 こうしたリハビリをほぼ毎日続けることで麻痺の改善を目指していくのですが、180日を過ぎると、医療保険でカバーされるのが1カ月に約4時間に減ります。それまでは最大約90時間だったので、激減です。

 

 180日を過ぎると激減するのは、03年に介護保険制度が開始されたことによって、04年に医療保険が改訂され、「発症から最大180日」という日数制限が設けられたためです。180日を過ぎた場合に介護保険でリハビリを受けられますが、要介護認定が必要になり、またそのリハビリは現在の状態を維持することに主眼がおかれ、機能を回復する目的のリハビリを行うことが難しいという実情があります。

 

 介護保険の対象にならなければ、自由診療でリハビリを維持することはできますが、その分のお金がかかります。こうしたことから04年以降、180日を境にこれまで続けてきたリハビリを続けられなくなる「リハビリ難民」患者が出ているというのが、現場の課題といわれています。

 

 脳卒中の発症早期から麻痺改善に努めることが、患者が自宅で積極的に麻痺した手足を使うモチベーションにつながります。加藤さんは「発症の早い段階からDRIVEを使うことで改善効果を高めていきたい」という思いがある一方で、今後は、在宅でも同等のリハビリができるような仕組みが必要と考え、現在、研究開発を進めています。「地方の小さな民間病院の井野辺病院から大分県、日本全国のリハビリに貢献したい」と話します。             

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

 

 

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


ページTOPへ