
話題のドラマ(時々ゴシップ)でつかむ~『保険』のカラクリ(第3回)
「保険金受取人は誰だ!」の第3回目のテーマは「失踪」です。
舞台にするドラマは昨年秋に放映された『僕とシッポと神楽坂』(テレビ朝日系列)。話数が短く、早く終わってしまってとっても残念でした。
あのゆる~い感じと、一方では核心をうまくついたテーマ設定で、なんだかんだ毎回涙するシーンがあり、癒し系の軽い感じで観られるドラマで、筆者はけっこう好きなドラマでした。
そんな『僕とシッポと神楽坂』の中で、広末涼子さん演じる動物看護士のトキワさんの夫は、南米へ向かう途中で飛行機事故に遭い、行方不明となっていました。トキワさんと息子の大地は生きていることを信じて待ち続け、最終回にはその夫が帰ってきたのです。完全なハッピーエンドではありませんでしたが、めでたし、めでたし、でした。
・・・でも、ファイナンシャルプランナーとしては、夫が行方不明の間、トキワさんは、夫の生命保険をどうしてたんだろう、と気になってしまいます。 皆さんもそうですよね。
え、そんなことない(汗)。ともかく(無理やりすぎ)、これから妄想劇場に入りますので、今回もお付き合いくださいね。
――我が「保険のカラクリ相談所」に夫が行方不明になったばかりのトキワさんがご来店されました――
(実は所長、トキワさん演じる広末涼子さんと同世代で、デビュー当時とほとんど変わらない姿に尊敬の念を抱いていて、目の前の座っているトキワさんをまじまじと見入ってしまいます)

トキワ
夫が行方不明になってしまいました。彼が契約した生命保険を、どうしたらよいのか悩んでいます。

所長
本当にご心配ですよね。ただ、ご主人のこともそうですが、毎月の生活費などお金のこともご心配ですよね。

トキワ
そうなんです・・・。あの、行方不明になっている夫の生命保険の保険料は、払い続けないといけないのでしょうか?

所長
はい。失踪宣告を受けるまでは、保険料のお支払いはやめない方がいいです。

トキワ
そうですか…。ところで、その失踪宣告というのは?
失踪宣告とは?=死亡したとみなす制度

所長
失踪宣告とは、ある人の生死が、一定期間不明の状態が続く場合、所定の条件に合致すれば、その人を死亡したとみなす制度です。
ご主人が自分の死亡保険を契約していた場合、ご主人の「死亡」が確認される前に、保険料の支払いを止めてしまうと保険契約は無効になってしまいます。

トキワ
死亡の確認はどのようにしてされるのですか。

所長
まずは心停止などの医学的、生物学的な死亡が確認されることです。これは、見当がつきやすいですよね。問題はご主人のように生死が不明の場合です。その場合は先ほど説明しました『失踪宣告』を受ければ、法律に基づく死亡として取り扱われます。

トキワ
もちろん主人が亡くなったとは思いたくないです。でも大地というまだ3歳の息子がいますので、主人の保険金があれば助かります。

所長
そうですよね。失踪宣告はあくまで法律上のみでの死亡と思って聞いてくださいね。

トキワ
わかりました。

所長
話が少々複雑になりますが、まず失踪宣告にはA普通失踪とB特別失踪があります。2つの違いは、まず失踪状態になってからの経過期間です。普通失踪は7年、特別失踪は1年になります。

トキワ
もし保険金を早く受け取りたいなら、特別失踪の方がいいことになりますね。

所長
そうなります。ただ、特別失踪の扱いになるには条件があります。特別失踪は船舶の沈没や飛行機墜落など、死亡したと認められる確度が高い事故や遭難にあった場合は適用されます。こうしたケースではなく、家出などで音信不通になっているという状況では普通失踪として判断されるでしょう。

トキワ
主人は飛行機事故で行方不明になったので、特別失踪になるのでしょうか。
家庭裁判所に申し立てが必要

所長
その可能性は高いと思います。いずれの失踪にせよ、失踪宣告を受けるには、生死が不明な人の利害関係者が家庭裁判所に申し立てを行う必要あります。今回はご主人のことなので、妻であるトキワさんはもちろん利害関係者に該当します

トキワ
特別失踪として認められるにしても、1年間は保険料を払い続ける必要があるのですね。では仮に失踪宣告を受けたとして、それまで払い続けた保険料は戻ってくるのでしょうか?

所長
結論から先にお話しますと、特別失踪の場合は支払い済みの保険料は原則返金されます。なので、ご主人が死亡したとみなされた時期以降に支払った保険料は払い戻されます。

トキワ
複雑ですが、少し安心しました。ところで普通失踪だと、失踪していた間の保険料は戻ってこないのですか。

所長
その通りなんです。というのも普通失踪と特別失踪とでは、死亡とみなされる時期が違うからです。普通失踪の場合、失踪の期間が7年経って初めて死亡とみなします。
特別失踪の場合は死亡とみなされる時期が、
「危難が去った後1年間生死が不明の場合、危難が去った時にさかのぼって死亡とみなす」としています。
ですから危難が去った時までの保険料は必要となりますが、それ以後の保険料は必要ありません。

トキワ
なんだか分かったような、分からないような…

所長
本当に難しい言い方ですね。細かく説明するとかえって混乱されるかもしれませんので、大まかに言うと、ご主人の場合は飛行機事故に巻き込まれた日を『危難が去った時』と考えることができます。
ただ特別失踪の死亡として認められるのは、危難が去ってから1年経過後になります。1年間は生死が不明のため、契約を継続するには保険料の支払いが必要になります。しかし、失踪宣告後は、飛行機事故日以降に支払った保険料については、「死亡しているのに保険料を払っていた」ことになり、返金されるのです。
■普通失踪と特別失踪の違い-その1
条件と死亡とみなされる時(民法30条・31条より)
|
条 件 |
死亡と |
普通失踪 |
最後の消息の時から |
失踪期間の満了時 |
特別失踪 |
死亡の推測を高めるような危難にあった場合で、危難が去った時から「1年間」生死が不明 |
その危難が去った時 |

トキワ
そうなんですね。払い続けないといけないことは分りました。ですが、子どもがまだ小さく、働く時間も限られるため、失踪宣告されるまでの間、保険料を払い続けるのは難しいかもしれません。解約したいと思ったらどうしたらいいですか?

所長
はい、まず大前提として、解約の権利は契約者にあり、手続きも契約者でないとできません。契約者はトキワさんですか?

トキワ
いいえ、夫です。

所長
契約者がトキワさんの場合は問題ないのですが、生死が不明のご主人だった場合は、その利害関係者=トキワさんが家庭裁判所で「不在者管理人」の選任をする必要があります。
不在者管理人は財産の保存が主な権限なのですが、必要に応じて家庭裁判所に認めてもらえれば処分できます。保険を解約する権限が認められれば、本人以外でも解約が可能です。
――トキワさんは、しばらく考えていましたが、特別失踪の場合、失踪宣告されるまで払い続けた保険料が戻ってくる可能性が高いことから、1年間なんとかがんばって保険料を払い、失踪宣告を受け、死亡保険金を受け取ることにしました――
■普通失踪と特別失踪の違い-その2
宣告までの保険料支払いと、宣告後の保険料の返金
|
保険料 |
保険料 |
普通失踪 |
必要 |
されない |
特別失踪 |
必要 |
される |
宣告後に、保険金の返還は必要?
〈トキワさんが無事、保険金を受け取ってから6年後、なんとトキワさんの夫の生存が確認され、無事に戻ってきました!トキワさんが相談所に報告に来てくれましたよ〉

トキワ
主人と再会できました。家庭裁判所に行って、「失踪宣告の取消」もしてきました。
(民法では失踪した人が生存していることが証明されたら、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求で失踪の宣告を取り消さなくてはならないのです)

所長
それは本当によかったです。信じて待ち続けた甲斐がありましたね♪

トキワ
ですが、ひとつ心配なことがありまして…

所長
何でしょうか。

トキワ
受け取った保険金は保険会社に返さないといけないのでしょうか? 一部は既に使っているのですが…

所長
原則をお話しますと、既に使った分についての返却は不要ですが、残っている分については必要です。

トキワ
そうなんですか~

所長
まず前提を話しますと、失踪宣告の取消によって財産を得た場合は、その権利を失います。では、トキワさんのように既に保険金を受け取り、その一部は残っている場合はどうなるのでしょうか。それについては民法32条の第2項で規定しています。

トキワ
私、法律用語が苦手なんで、普通の言葉で説明してもらえるでしょうか…

所長
分りました。要は財産を得る権利を失うのですが、この場合の財産とは、現に利益を受けている限度のことで、それについては返還する義務を負うのです。条文では、『現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う』となっています。

トキワ
???

所長
す、済みません。法律用語を使ってしまいました。要は、最初に説明しましたように、保険金の未使用分が『現に利益を受けている限度』に該当し、これについては返還が必要になるのです。

トキワ
そうですか・・・

所長
そうなんです。保険会社から返還を求められたら、返還しなくてはなりません。ですが、トキワさん、この事実を保険会社が知った場合は、です。通常保険金のお支払いが完了すると、その保険の情報は消えてしまいます。ですので、保険会社はそういった事実を知る手段ってあまりないと思うんですよね。だから分からなければ……(ゴニョゴニョ)」
と、声が小さくなっていく所長なのでした。

いかがでしたでしょうか。
ドラマでトキワさんは、夫の生存を信じて待ち続けていました。トキワさんに限らず、行方不明の人を諦めることってできないですよね。
失踪宣告とは、あくまで法的に死亡とみなす制度。法的に死亡とみなすことによって初めて残された人が恩恵を受けることができます。失踪宣告をして、それでも生存を信じて待ち続ける。それでいいと、筆者は考えています。
行方不明の人の分までしっかりと生きていくために、残されたものの将来のために失踪宣告はあるのではないでしょうか。
一家の大黒柱を突然失い、まだ小さい大地を一人で育てていくトキワさんには、精神的な負担、肉体的な負担、そして経済的な負担という三重苦が圧し掛かります。しかし、保険金を受け取ることによって、経済的な負担だけは軽減することができるのです。
それこそが、愛する家族のために保険を掛けた夫の想いです。なので、今回の妄想劇場では、トキワさんに失踪宣告をして死亡保険金を受け取ってもらいました。
自分の亡き後、残された大切な人たちが前を向いて、未来へ進んでいくために保険金はあります。だからこそしかるべき時に、スムーズに遺族の手に渡らなければならないのです。
最後にまとめです。
■今回のポイント
- A 死亡保険金は被保険者の死亡を確認された場合に受け取れる
- B 死亡の定義には医学・生物学的なもの以外に、法律上の場合がある
- C 法律上の死亡は、民法が規定する失踪宣告を受けた場合
- D 失踪宣告には、「普通失踪」と「特別失踪」がある
- E 失踪宣告を取り消した場合、保険金は未使用分(現に受けている利益の限度の範囲)について返還する必要がある
次回は「認知症」になった場合のケースについて解説します。
構成/真弓重孝、イラスト/井川純一=みんかぶ編集部
記事内容は執筆時点(2019年02月)のものです。最新の内容をご確認ください。