コラムがん治療の副作用「リンパ浮腫」を治す世界最微小の針と広島の医師

公開日:2019-03-01 (更新日:2019-03-07)

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第5回

 

広島県に、ある病気の手術ができるという世界でもひと握りのドクターがいます。その手術を受けるために全国からほぼ毎週5〜6人の患者さんが訪れます。

 

その病気とはリンパ浮腫――。がん治療の副作用で手や足がひどくむくんでしまう病気です。 患者数は、世界で2億5千万人、国内では2009年の時点で10万〜15万人いるとされ、その約8割が乳がんや子宮がんの患者とされています。

 

リンパ浮腫とは、血液同様、全身に流れている「リンパ液」という液体の流れが停滞し、腕や脚がむくんでしまう病気です。体内には、心臓から酸素と栄養分が含まれる血液を流す「動脈」と使い終わった血液を心臓に戻す「静脈」のほかに、たまった老廃物を静脈に運搬するリンパ液が流れる「リンパ管」があります。

 

私たちの全身には、皮膚の下にリンパ管が網状に張り巡らされ、その管の中をタンパク質や白血球などを運ぶリンパ液が流れています。リンパ浮腫で、腕がむくむと文字を書いたり、料理で包丁を使ったりといったことが難しくなります。また、脚がむくむと、歩行が難しくなることもあります。

 

がん患者にリンパ浮腫が多いのは、手術で「リンパ節」という組織を取り除いたり、放射線治療によってリンパ液の流れが停滞したりするためとみられています。リンパ節は脇の下(腋窩)や首の付け根、足のつけ根などにあり、がんや感染が全身に広がることを抑える役割をしています。

 

髪の毛よりも細い針と糸をピンセットで使う

 

このリンパ浮腫を治療するための「リンパ管静脈吻合(ふんごう)」と呼ぶ手術を開発したのが、東京大学名誉教授で、広島大学病院国際リンパ浮腫治療センターの特任教授、光嶋勲さんです。光嶋さんが1990年代にこの手術を開発して以来、患者さんのみならず、若き外科医も手技を身につけるため国内外から研修にやってきます。

 

リンパ管静脈吻合手術は、行き場のないリンパ液を静脈に戻す迂回路をつくるため、静脈とリンパ管を縫い合わせます。リンパ浮腫で皮膚の下に溜まったリンパ液をリンパ節の近くにある静脈にバイパスすることで、溜まったリンパ液を静脈に流して、本来の循環を取り戻してむくみを解消しようというものです。

 

この手術は、顕微鏡で患部を10〜15倍に拡大して実施します。というのも、つなぎ合わせる2つの管の直径はリンパ管が約0.3mm、静脈は0.6mmほどに過ぎません。日本人の頭髪の直径は約0.1mmなので、髪の毛が3本から6本程度の管同士をつなげるようなものです。

 

リンパ管静脈吻合手術を行う広島大学病院・特任教授の光嶋勲さん

 

しかも、この細い管同士をつなげる針と糸はさらに微細で、直径はリンパ管の10分の1程度の0.03mmと髪の毛よりも細い大きさなのです。 針の長さは0.8mmで、針と糸は一体になっています。肉眼だと綿ぼこりのようにも見える小さな針を、先の細いピンセットで落とさないように掴みながら、縫い合わせていきます。それは米粒に文字を書くよりも難しいといって過言ではない、難易度の高い手術です。

 

手術はつないだ管の中をリンパ液が流れたら成功です。


患者に負担が少ない手術

 

2018年の暮れ、筆者は広島大学病院でリンパ浮腫の手術をする光嶋さんを訪ねました。

 

手術を受けたのは、1990年に子宮がんを治療して、その10年後に左足のリンパ浮腫の手術をしたという関西に住む70歳後半の女性の患者さんでした。リンパ浮腫に改善が見られず、今回、初めて光嶋さんのもとを訪れたそうです。

 

ベッドに横たわる患者さんを挟んで、光嶋さんの向かいには2人の若い外科医が手術に参加していました。

 

光嶋さんたちは目の前の顕微鏡をまっすぐに見つめ、両手に持ったピンセットで2cmほど切開した患部からリンパ管と細静脈を探します。皮膚の下には大小さまざまにぷよぷよした脂肪のかたまりがあり、その中から生きたリンパ管と細静脈を見つけ出して、吻合していきます。術野は手術室にあるモニターに映し出されます。

 

画面でピンセットの動きを追っていると、脂肪にまみれた1mmにも満たない1本の管が姿を現します。透き通るようなリンパ管です。脂肪を丁寧に取り除き、再び脂肪の中に吸い込まれていかないよう、糸を管の下に通して捕まえておきます。このリンパ管をつなぐための静脈を同じように見つけます。

 

■手術対象のリンパ管(上)と静脈(下)

 

リンパ管のありかは手術の前にエコーを使って調べるのですが、実際に切開をした後は、宝探し。正常に機能する方法を忘れてしまいグレて身を隠してしまったリンパ管を、元通りではないけれども主人の体を再び守るための能力を取り戻していくという、蘇るリンパ管のドラマを見ているようでもありました。

 

患者さんは局所麻酔をしているので、手術中も意識ははっきりしていて、時々、光嶋さんと話をしていました。「透明なのがリンパ管。うっすらと赤い血液の線が見えるのが細い静脈。見える?」と光嶋さんが語りかけると、患者さんは、恐る恐るモニターに目をやり、静かに手術の様子を眺めていました。

 

患者が落ち着いて自分の切開された患部を見ていられるのは、体の負担が少ない手術だからといえます。外科手術は、身体にメスを入れるため開く場所が小さいほど、患者さんの身体的な負担は軽くなります。先にも触れましたが、リンパ浮腫の手術でメスを入れる大きさは、症状の重症度にもよりますが2~3cm程度です。体の負担が少ないこともあり、2泊3日や1泊2日で退院できることが多いのです。

 

■リンパ管静脈吻合手術の前後の様子

注:手術後は、手術から9年経過後の様子

 

世界最微小の手術針を開発したのは千葉県の中小企業

 

光嶋さんの技術と共にリンパ管静脈吻合手術を支えている微細な針が登場したのは2004年。開発に着手してから完成までには3年ほどの時間を要しました。この世界最微小の加工技術を開発したのが、河野製作所(千葉県市川市)という医療用の針糸を開発する中小企業です。

 

同社はもともと計測器や時計など精密機器に使う針を製造する会社で、医療用の針糸を製造販売し始めたのは1964年でした。実はこの翌年に奈良医大整形外科の玉井進医師が世界で初めて、切断された親指をつなぐ手術に成功し、多くの外科医そして医療機器メーカーを奮い立たせました。広島大学病院の光嶋さんは当時高校2年生で、今でも覚えているニュースと言います。

 

ただ微細な医療用針と糸具の開発は海外が先行し、74年時点で当時の手術で使われる針の細さは直径0.08〜0.1mmでしたが、河野製作所製では直径0.12mmでした。手術針糸では後発の同社が、世界最微小に挑戦することになったのは、90年代の後半に知り合いの外科医から「0.5〜1mmの組 織を手術できる針をつくってくれないか」という相談が持ちかけられたのがきっかけです。開発を進めるうちに技術力を高め、2000年を迎える頃には直径0.05mmの針糸を開発するレベルに達していました。

 

当時は不可能と考えられてきた1mm以下の血管や神経を吻合する手術をしようというのです。その手術に使う針糸は、当然、組織の大きさよりも微細にしなくてはならず、0.05mm以下のものも求められました。

 

医師のいない地域に限らず、医師が治療できない領域があることも、無医村と言えます。河野さんは、1mmに満たない組織の吻合ができない“無医村”をなくしたいという外科医の思いに共感し、「ニッチから広がる世界がある」と、前人未到の最微小に挑戦する決意をします。針を作る工具や検査機器からの開発です。その結果、誕生したのが、直径0.03mm、長さ0.8mmの手術針だったのです。

 

■河野製作所が開発した直径0.03mmの針とその他の針

出所:河野製作所

 

職人の技術を数値化、自動化して壁を乗り越える

 

直径0.03mmの細さになると、金属といえども綿のようにふわふわです。それをまっすぐに伸ばしたり、曲げたりする精密加工技術なくしては作れません。血管などの組織を貫通して縫えるだけの強さも備えなければなりません。かといって変形しにくい強さを求めると加工が難しくなるなど、試行錯誤は続きました。

 

河野製作所では開発で鍵となる工程を熟練の職人が1人で担っていたのですが、ある日、病に伏してしまいました。職人の匠には、長年培った技術と研ぎ澄まされた感性があります。10年以上かけて築き上げた匠の技を継承していくには、感性あるいは感覚を数値化し、自動化しなければならないと河野製作所は決断しました。

 

 その結果、全ての工程において、職人の腕にまかせていた高度な加工技術を機械化し、100本に5本という成功率も、今では90%を超えるほどになったそうです。自社で工具から機材、検査機器にいたるまで、全ての設備を内製し、職人技を機械に落とし込むことができたから、職人の手では造れない直径0.03mmを生み出すことができたのです。

 

「品質さえ問わなければ、直径0.03mmで長さ0.8mmの細い針を作れる会社は、探せばあると思います。究極の刃物としての鋭さや、針より細い糸との接合、血管や神経を縫う際に、ぐにゃりと曲がらない強度を持たせるところにノウハウがあります」と社長の河野さんは話します。

 

■河野製作所の河野淳一社長

 

細くてもろいネズミの血管で毎日のように訓練

 

リンパ浮腫を治療する吻合手術を行う光嶋さんは形成外科医。この道に進んだのは、鳥取大学医学部時代に受けた講義の中で、傷跡が目立たないようきれいにする繊細な手術に魅了されたことがきっかけです。やがて、微小外科の分野で頭角を現すのですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

 

鳥取大学医学部卒業後、東京大学医学部形成外科で研修を受ける光嶋さんは、仕事が終わった後も深夜まで、顕微鏡を使って小さなネズミの微細な血管をつなぐ訓練に打ち込む日々に明け暮れました。ネズミの血管は細くてもろいため、手もとが狂えばいとも簡単に傷がつき、糸が絡まれば血管が詰まってしまうような状態でした。

 

精魂を注ぎ、修練を重ねていくうちに、どんな小さな神経にも栄養を運ぶ血管網があることに気がつきます。生きた栄養血管同士をつなげれば移植した神経細胞も生きて機能を取り戻す。こうして超微小な血管やリンパ管、神経を吻合することで治療できる手術の開発をしていきます。

 

ところが新しい手術を開発して発表しても、国内では受け入れられず、言われることは「君のやり方ではだめだ」と厳しい評価ばかりでした。「本当にだめなのか」と、確かめるために英語で論文を書いて海外の医学ジャーナルに送ったところ、欧米の形成外科の世界では反響を呼びました。

 

国内では開発した手術が受け入れず心が折れそうになることもある中、光嶋さんにとって大きな励みになったことは間違いありません。それからというもの、手術で得たヒントやアイデアを日記に綴るように英語の論文にまとめては発表することが習慣になりました。海外の反応は早く、光嶋さんは超微小外科において、世界的に注目を集める存在になり、国内でも光嶋さんのもとで手術を学ぼうというドクターが出てくるようになりました。

 

超微小外科手術は、1mm以下の血管や神経をつなぎ、本来の機能を取り戻す手術。リンパ浮腫の治療もその一つです。逆境に屈することなく国内がダメなら世界に打って出るという光嶋さんの不屈の精神で、患者にとって治療のすべがなかった病気に光が差し込んだのでした。

 

リンパ浮腫で苦しむ患者を減らすための挑戦

 

光嶋さんは1人でも多く、リンパ管静脈吻合ができる医者を育てようと、国内外から研修医を受け入れています。これまでに海外からの留学研修医は350人を超え、依頼を受けて海外で手術を行ったのは、1997年から数えると約32施設20カ国に及びます。

 

「リンパ管静脈吻合」以外にも、光嶋さんはさまざまな新しい手術を、より微細な前人未到の世界で実現してきました。例えば、乳がん治療で乳房を切除した患者さんが自身の体の一部を移植して乳房を再建する手術もそのひとつです。

 

かつては、筋肉を走る血管をつなげないと組織は移植後に本来の機能を果たせないと考えられていたので、下腹部の腹筋や広背筋といわれる背中の筋肉を皮膚と脂肪と共に採取して乳房に移植していました。ところが採取するときに、残された腹筋に傷がつき、後に腰痛を起こしたり、肩甲骨を動かすと移植した広背筋が一緒に動いたりといった症状が出ることもありました。

 

これに対し、光嶋さんは、筋肉は移植せず、脂肪と脂肪に酸素や栄養を送る直径0.5mmほどの細い血管だけを採取して、移植先の血管につなぐことで、脂肪組織が生きた状態で機能することを発見したのです。こうした軌跡をへて、犠牲の少ない新しい乳房再建法が生まれたのです。

 

日本人の2人に1人ががんを患うと言わる今日この頃。画期的な医療技術の台頭により、治療して生きながらえる人も増えています。がんを乗り越えた人が、社会復帰を果たせるよう、超微小外科手術、すなわち、スーパーマイクロサージャリーや、もっと微小なナノマイクロサージャリーができる外科医の育成に力を入れながら、光嶋さんは、使いやすく、さらに微細な領域へと踏み込むべく、国内のものづくり企業と共同開発に取り組みます。                 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


ページTOPへ