総務省の「家計調査報告(2018年」によれば、高齢で無職の夫婦世帯の家計は、年間60万円超の赤字です。こうした中で、高齢者の生命保険料の負担は決して小さくありません。
生命保険文化センターが実施する「生命保険に関する全国実態調査」の2018年版では、60代後半の世帯は年間約32万円もの生命保険料を負担しています。
家計が楽ではないのに、なぜこれだけでの保険料を支払っているのでしょうか? それを示唆するのが、厚生労働省が行っている「高齢社会に関する意識調査」に見られます。16年の調査によれば、老後に不安と感じられるもののダントツトップ2は「健康上の問題」、そして「経済的な問題」でした。
という連想が働いてるようです。
生活者が高齢になった時の健康への不安が大きいこともあって、最近は85歳、さらには90歳になっても加入できる医療保険も登場しています。ある保険会社に聞いたところ、こうした医療保険について80歳を超えた高齢者からの問い合わせも少なくないといいます。
健康とお金が不安な老後。「人生100年時代」に、保険は不安解決のウルトラCになり得るのでしょうか? これが今回の知っ得ポイントです。
そもそも日本では、病気にもよりますが入通院での医療費はそれほど掛かりません。我が国には、誰でも何らかの公的な医療保険に加入する「国民皆保険制度」があります。健康保険証を提示して診療を受ける限り、医療費は全体額の内の一定割合の負担で済みます。
その割合は原則として、現役世代は3割、70才以上は2割、75才以上は1割です。これは、ほとんどの人がご存知でしょう。
もちろん、大きな手術をしたり入院をしたりすれば、医療費がかさむことは確かです。ですがこうした場合、所得に応じて月あたりの負担上限が設けられていて、それ以上の負担は発生しません。これは「高額療養費制度」という公的医療保険の給付で、誰もが受けられる法定の仕組みです。
現役世代(70歳未満)の年収500万円の人を例に、具体的に見てみましょう。この場合のひと月(暦月、1~31日)あたりの医療費の自己負担上限額は、
「8万100円+(医療費の総額‐26万7000円)×1%」=ひと月あたり医療費負担額と計算します。
高額療養費は、病院が保険診療を請求する時に提出する「診療報酬明細書(レセプト)」をベースに計算されます。これは、医療機関が健康保険組合に医療費を請求するときに、処置や使用した薬剤等を記載した明細書のこと。患者・診療月ごと、入院・外来・調剤別に分けて作成されており、高額療養費も患者・診療月・入通院・調剤の別でそれぞれ計算します。
そのため、同じ10日間の入院であっても、同月内に入院した場合と、2カ月にまたがった入院では、負担する医療費が異なる場合があるのです。ただし、一定要件を満たすと、それぞれの医療費及び家族の医療費などを合算できたり(「世帯合算」の特例)、長患い等で高額療養費に4回以上該当すると負担上限が下がったり(「多数回該当」の特例)など、家計負担を抑えられる仕組みがあります。
医療費がかさみそうなときは、加入する公的医療保険で「限度額適用認定証」を取り寄せ、治療中に病院に提出しておきます。こうすれば、所得に応じた医療費のみを支払えば済みますが、提出しないと、病院で一旦、医療費の3割を負担することになります。
高額療養費を超えた医療費を取り戻すには、加入する公的医療保険の窓口で手続きが必要で、お金が戻ってくるのは3~4か月後。資金繰りも手間暇も必要になるので、認定証の取り寄せは必須です。
入院時の食事代(1回460円)は、高額療養費の枠外で負担します。1週間、まるまる3食とったとすると、9660円ですから、先ほど計算した医療費と合計しても負担は10万円足らず。この程度の入院であれば、手元のお金で入院費用をやり繰りできる方が多いでしょう。
差額ベッド料も枠外で負担する費用です。ただ、これはあくまでも患者の希望に基づきかかる費用です。病院による十分な説明を受けたうえで、患者が同意書に署名した場合に発生するものであり、同意書による確認をしていないとか、治療上の必要がある場合、病院は差額ベッド料を徴収できません。
また病室に空きがないなど病院の都合で徴収してはならないルールがあります(厚生労働省「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等」及び「保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医 薬品等」の実施上の留意事項について」の一部改正について」)。
70歳になると、現役並み収入がない限り、医療費の負担はさらに下がります。医療費の上限は所得に応じ6つに区分されていて、ひと月あたりの外来(通院・個人ごと)と世帯ごとの2つに上限が設けられています。
例えば年金収入が夫婦で520万円未満の70才以上の世帯(夫婦ともに同じ公的医療保険に加入している場合)だと、ひと月あたりの医療費の自己負担上限額は、
通うほど負担が増えるのではない
70歳未満と異なり、この上限額は、実際に負担した額についてのひと月あたりの上限です。複数の診療機関で受診した時の医療費や、入院・通院・調剤などで負担した額すべてがカウントされます。つまり、年齢を重ねて病院通いが増えたとしても、通うほど負担が増えるのではなく、月当たりの負担は一定額までに抑えられているのです。
では結論を。医療費のように、それほど大きな負担が発生しないリスクに、民間保険で備えることは必ずしも合理的ではありません。そもそも、保険から給付金を受けとるには保険料の支払いが必要で、高齢者は保険料も高くなります。
85歳で入院日額5000円のある医療保険に加入すれば、月額保険料は1万円程にも。保険料の負担が発生する一方、入院しなくても医療費は掛かります。「入院お助けグッズ」である医療保険は、医療費の備えには必ずしもならないのです。
医療費が心配と保険に入り過ぎ、普段の家計が圧迫されては本末転倒でしょう。そもそも、私たちは公的医療保険に守られているわけで、これらの給付内容や手続き方法を知ることが、本当の安心への第一歩となるのです。
記事内容は執筆時点(2019年03月)のものです。最新の内容をご確認ください。