コラム「喜びの裏にある苦しみ」を取り除くママ向けシート

公開日:2019-04-22

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第6回

 

 

出産を終えて始まる赤ちゃんとの新しい生活。小さな命を見守る喜びはひとしおです。産後1カ月検診では「湿疹が出る」「母乳やミルクを吐く」「便が緩い」など、赤ちゃんの体調に関する相談が産婦人科や小児科に持ち込まれます。

 

しかし、その頃からママたちが抱え始める悩みや苦しみについては、あまり目を向けられることがありませんでした。帝王切開という自分の体に傷を入れる決断をして、新たな命を産み落としたママたちが抱えるものです。

 

今回紹介する製品は、そんなママたちの問題を解消するために開発されました。製品誕生のきっかけは、産婦人科に足繁く通う医薬品の営業マンが医師や看護師たちと交わした会話からでした。

 

見過ごされがちな産後の傷あとケアに着目

 

日本では、帝王切開で出産する母親の割合は5人に1人ほどで、その数字は増加する傾向にあります。それに伴って、帝王切開の“後遺症”に悩むママたちも増えています。実は帝王切開をした母親の3人に1人が、お腹にメスを入れた部分の傷あとが赤く盛り上がり、いわゆるミミズ腫れと呼ばれる「肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)」や、さらにそれが進行した「ケロイド」に悩まされているという報告があります。

 

体の傷が心の傷となることも多く、その痛みから逃れたいと形成外科で手術を受ける人もいます。なぜ帝王切開の傷あとが、悪化してしまうのでしょうか? 

 

皮膚に傷ができると修復するために、その部位にコラーゲンが生成されます。このコラーゲンが過剰に作られすぎてしまうことが、ミミズ腫れやケロイドができる原因になっているのです。

 

「コラーゲンの過剰生成をしっかりと抑えられる製品を開発すれば、傷あとの悪化を防げる。人がやらないなら、自分が製品化しよう」。58歳にして一念発起、2015年9月に起業したのが久保田秀一さんです。久保田さんは地元の埼玉県で婦人科関連の商品開発を行うギネマムを創業したのです。社名は、婦人科のギネコロジーと母親のマムから取りました。

 

同社が商品の第一弾として16年2月に発売したのが自社開発の「レディケア」です。帝王切開などの切開手術や腹腔鏡手術でできた傷の部分に貼る特殊なシートで、傷口の悪化を防ぎ、傷あとを目立ちにくくする効果があります。

 

■「レディケア」のパッケージ(上)と製品


 

特殊なシートには、素材に医療用シリコーンを使用しています。名前がよく似た物質にシリコンがあります。これは、自然界に存在し、ケイ素と酸素を主成分とするケイ石から酸化物を取り除く還元処理をすることにより得られる金属製ケイ素の総称です。

 

シリコーンとは、シリコンに化学処理を加えて作り出された人工の化合物で、ゴムやオイルなど様々な形があり、エレクトロニクスから化学、繊維、そして食品や化粧品などあらゆる分野で活用されています。このシリコーン内に一定の水分量を保持、安定化させ、粘着性、密着性、柔軟性を持たせることでゲル(ゼリー)化したものが、シリコーンゲル。それをシート状にしたのがシリコーンゲルシートで、肌に何度も付けたり剥がしたりできるのが、レディケアです。

 

素材に使っている医療用シリコーンは、生体組織との親和性があり、異物反応や拒絶反応などを生じない性質があることが科学的にも認められています。このシリコーンを使ったゲルシートを貼ることで、自分の皮膚であると体が勘違いするかのように働き、コラーゲンの異常増殖も抑制するのです。

 

その効果を示したのが下の写真です。帝王切開をした母親を対象に「レディケア」の臨床試験を複数の施設で実施したときに、参加した患者の一人の患部の写真です。この患者は1回目の帝王切開では肥厚性瘢痕(ミミズ腫れ)の症状が出ていました。しかし、2回目の帝王切開の後、傷あとにレディケアを貼ったところ、術後175日にはメスを入れた部位が目立ちにくくなりました(下の写真)。

 

■1回目の帝王切開で腫れた傷あ(左)と2回目の帝王切開後175日後の傷あと 出所:ギネマム

レディケアの発売後、同社は久保田さんを含む3人で、全国各地の主要大学病院から診療所まで行脚した結果、今では67の大学病院、328の基幹病院、155のクリニックと合計550の医療施設に導されています。国内の帝王切開は、年間で約23万〜24万件とみられています。ギネマムの久保田さんは「帝王切開をした人のうち、約10〜15%がレディケアを使ってくれている」と言います。

 

なぜ3年間でこれだけの医療施設に採用され、年間に2万~3万人のママたちに使われるようになったのでしょうか。

 

育児に励むママがケアをやめる理由があった

 

それはレディケアがママたちの「不安を拭い」「使いやすさ」に配慮した製品だからです。最初に挙げた不安とは、授乳中に使用しても赤ちゃんの健康を害する恐れがないこと。2番目の「使いやすさ」とは、使用中に痛みを感じたり、付け替えたりするのに手間がかからず、値段もお手頃であることです。

 

不安の払拭については、他の治療薬との違いに表れています。帝王切開後の傷あとの治療には、レディケアの他にも、①塗り薬、②注射薬、③飲み薬、④貼り薬があります。

 

①の塗り薬は、ステロイド外用薬やヘパリン類似物質外用薬と呼ばれるものがあります。②の注射薬はステロイドを注射するものです。ステロイドは体の中の炎症や免疫力を抑制する作用があり、ヘパリン類似物質はケロイドの治療に使われてきたものです。ただ授乳中のママたちは、こうした治療成分が自分の体の中に入ることに不安を持ちます。授乳を通して赤ちゃんに悪影響が出ないか、心配だからです。

 

 ③の飲み薬としては、最近は、リザベンなどが帝王切開後の傷跡治療にも使われるケースが出てきたと学会で報告されています。

 

 ④の貼り薬では、ステロイドを使ったものや、レディケアと同じく素材に医療用シリコーンを使った製品や工業用シリコーンを使った製品があります。ただし、「どれも広く普及するような状況ではなかった」とギネマムの久保田さんは振り返ります。ステロイドを使う貼り薬は使用成分への不安があり、シリコーンを使う製品もすぐ剥がれたり、かぶれが起きたりと取り扱う上での不便さがあったからです。

 

なぜ同じシリコーンを使った貼り薬でも、普及が進まなかったのでしょうか? 実はシリコーンゲルシートには、水に濡れている間は粘着力が下がるという性質があります。乾いた傷口に貼っても、付けているうちにかいた汗で剥がれてしまうこともあるのです。新生児の世話をする母親は授乳などの際に汗ばむこともあれば、抱き抱えるときに赤ちゃんの体がシートがあたり、ずれてしまうこともあります。

 

こうした要因で、シリコーンゲルシートが長時間、患部に密着できない状態だと、コラーゲンの過剰生成が思うように抑えられなくなります。粘着性を高めるために、医療用テープなどを使ってシートを押さえると、皮膚表面の角質層が剥がれてかぶれが生じたり、傷がついたりしてしまいます。傷を癒やす薬が別の傷を作るという笑うに笑えない状況を生んでしまうのです。

 

レディケアはこうした従来のシリコーンゲルシートが抱えていた問題を改善するために開発された商品なのです。採用している医療用シリコーンは、FDA(米国食品医薬品局)が認可している素材で、肌に優しくかぶれにくい特徴があります。形状は長さ16cmで幅2.5cm、厚さ4mmで、クッション性があり、傷あとをすっぽりと覆って保護してくれます。

 

研究と現実のギャップから導いたヒットの仮説

 

ギネマムの創業は15年9月。レディケアの発売は16年2月なので、開発には半年も掛かっていないように思われますが、実際は違います。久保田さんがレディケアの製品化を思いついたのは、大手医薬品会社のMR(医療情報担当者)をしていた時のこと。当時、担当していたある産婦人科医から次のような言葉を聞いたことがきっかけです。

 

「産後1カ月の健診の時には帝王切開でできた傷口に問題は見当たらないのに、数カ月すると膨らんだりケロイドになったりする人がいる」。同じような話はほかの産婦人科の先生たちからも聞いていたこともあり、久保田さんはこの問題を解消する製品や治療法はないのか探すようになっていました。

 

そんな中、ギネマムの久保田さんが医療用シリコーンゲルシートに狙いを定めたのは、ある形成外科医が発表した論文がきっかけです。その論文には、2度目の帝王切開をした女性を傷跡の治療でテープを貼るグループと、レディケアに使っているようなシリコーンゲルシートを貼るグループに分け、抑制効果を比較した研究結果がまとめられていました。

 

傷あとが赤く盛り上がる肥厚性瘢痕になったのはテープを使ったグループが83%だったのに対し、シリコーンゲルシートを使ったグループは36%にとどまったというのです。これを知った久保田さんは「シリコーンゲルシートを剥がれにくくして、傷口への密着度を高めれば、もっと悪化を抑制できるのではないか」と仮説を立てました。そして、どのような形状にして、性能にすればいいのかノートに書き溜めていきました。

 

 ここから久保田さんの「剥がれにくいけど剥がしやすい」シリコーンゲルシートの構想がはじまります。 もともとは、前職の会社での製品化を目指していました。ところが、医療機器や用具の開発は法規制にのっとった生産体制や製品管理などに時間とコストを要するため、先行品があると、開発のゴーサインは降りにくいことが多々あります。久保田さんも例に洩れず、アイデアは受け入れられることなく実現には至りませんでした。諦めきれず、久保田さんは起業の道を決意します。

 

シリコーンの弱点を克服したゴムメーカー

 

独立を決めたものの、起業に必要なヒト・モノ・カネの全てに困っている状態。融資先や製造工場をゼロから探さなければなりませんでした。15年6月末、知人のツテを頼ったところ、隣の県に縁がありました。群馬県にある医療機器メーカーを紹介されて話を持っていくと「面白い製品だ」と評価してもらい、その会社が付き合いのある群馬銀行を紹介してくれました。

 

群馬銀行と話をしていく中で、融資の都合から同じ群馬県で製造工場を探すのがいいということになり、久保田さんは製造委託先を探すために群馬県庁に足を運びました。そこで紹介されたうちの1社が、医療機器産業に参入するきっかけを探していたゴム部材メーカーの東栄化学工業でした。

 

関心を持ってくれた群馬県の医療機器メーカーと出合ったことで、レディケアは群馬の地域ネットワークを頼りに開発が進められることになったのです。製造委託先を東栄化学工業に決めたのは、職人気質で品質へのこだわりが強く妥協しない東栄化学工業のものづくりに対する姿勢に惚れ込んだからです。

 

東栄化学工業にとっては初めての医療機器の開発でした。シリコーンはゴムの一種とはいえ、同社が手がけるゴムパッキンやゴムキャップなどとは性質が異なるため、手探りで材料の配合を調べるところからのスタートでした。

 

直接患部に触れる粘着層と衣服などに表面がひっつかない非粘着層の2層構造。厚さ4mmあるゲルシートに対し、長時間剥がれることなく密着し、肌を傷めず剥がせる適度な粘着性にたどり着くまでが一番の苦労だったと言います。

 

製品化後、レディケアを使用した千葉県に住む28歳の女性は、同社のもとに次のような感想を寄せています。「術後1カ月から入浴時以外は常に使用していました。初めは入浴するたびに、貼ったり剥がしたりするのが少し面倒かなと思いました。ですが、すぐに慣れました。貼っていない時間が少しでもあると傷が痛むことが多かったので、手離せませんでした」

 

■ギネマムのウエブサイト

 

レディケアは一箱に2枚1組で専用ケースに入り、入浴時に剥がして、お風呂から出たら別の1枚に貼り替えて使えるように工夫されています。粘着の持ちは約2カ月。2枚あるので、1枚を1日置きに使い、使用後に洗浄し、乾燥させ、それを再び使用することができる。希望小売価格は5000円(税抜)であることから、1日90円程度で傷あとのケアができるということです。

 

帝王切開の件数は、先進国をはじめ世界各国で増加傾向にあり、「今後は海外への展開にも力をいれていきます」と久保田さんは意気込みます。すでに、中国、マレーシア、ベトナムの現地の販売業者と契約をかわし、2019年4月に国産のシリコーンゲルシートの輸出が始まりました。

 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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