コラムベトナムで引っ張りだこ、赤ちゃん用の手術針とは

公開日:2019-06-07

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第7回

 

生まれたばかりの赤ちゃんの体に、手術の傷はなんとしてでも残したくない!

 

そんな我が子を思う親の気持ちに寄り添って開発されたニッポン発の治療器具が今、ベトナムで赤ちゃんたちの手術に使われるようになっています。その器具とは2016年に発売された「エンドニードルネオ」。内視鏡(腹腔鏡下)手術で使われる手術針で、小児鼠径(そけい)ヘルニア治療向けに開発されたものです。

 

ヘルニアは体内の臓器が、あるべき部位から逸脱した状態。鼠径ヘルニアは一般に脱腸と呼ばれ、足の付け根付近の下腹部にある鼠径部の腹膜に穴が開いてヘルニアになる症状です。小児鼠径ヘルニアは先天的な病気で、小腸や大腸、 女児であれば卵巣、卵管などの臓器の一部が鼠径部に滑り出てしまいます。

 

赤ちゃんや幼い子供の場合は異常な腫れが目立ち、症状がひどくなると痛みや嘔吐などを引き起こします。腹膜の穴から滑り出た臓器を元の場所に押し戻し、その穴を閉じることが治療になります。子供の外科手術では最も多く、毎年、新生児の2~5%、およそ2万~5万人の赤ちゃんを苦しませます。

 

■小児鼠径ヘルニアで下腹部が膨らんだ状態

写真提供:遠藤昌夫医師

 

日本では小児鼠径ヘルニアの治療は、お腹にメスを入れてヘルニアを起こしている穴を塞ぐ切開手術による方法が主流です。そうした中で2007年に徳島大学病院で小児外科・小児内視鏡外科科長を務めていた嵩原裕夫(たけはら・ひろお)さんが、世界で初めて小児鼠径ヘルニア専用の内視鏡手術針を世に送り出しました。この手術針は「嵩原ニードル」と呼ばれ、専用針の開発で小児鼠径ヘルニア手術の2~3割が内視鏡手術で行われるようになりました。

 

嵩原ニードルの独壇場が長く続いてきた中で、新たな内視鏡用の手術針として投入されたのが、今回取り上げる「エンドニードルネオ」です。開発を主導したのは、現在、さいたま市立病院の名誉院長で、日鉄日新製鋼診療所長の遠藤昌夫さんです。

 

子供の体に傷を残したくないという親の気持ちを叶えたいという思いから、20年もの年月を掛けて開発しました。詳細は後述しますが、エンドニードルネオでは手術に使う針を3つに分けることで、手術を習熟するためのハードルを下げました。それらもあって、エンドニードルネオを使った手術後の再発率は0.2%に抑えられているといいます。

 

現在は国内で6つの病院に採用されているエンドニードルネオですが、国内以上に普及のペースを速めているのが、ベトナムです。18年11月に輸出を開始してから半年も経たずに8病院が導入し、さらに2病院が採用を検討しています。

 

ベトナムというと、荒れた路面の道路をたくさんのバイクが車の合間を縫うように走る風景を思い浮かべるかもしれませんが、大病院に置かれている医療機器は最先端。医療レベルは高く内視鏡手術では症例数が多く先進国とも呼べる国です。そのベトナムでニッポン発の医療器具が、引っ張りだこなのです。

 

■内視鏡を使った小児鼠径ヘルニア手術の様子

写真提供:遠藤昌夫医師

 

穴を糸で縛って閉じる作業を簡便にした三位一体の針

 

お腹にメスを入れる切開手術で小児鼠径ヘルニアを治療する場合、鼠径部を3cmほど切って、ヘルニア門と呼ぶ脱腸の原因になっている穴を塞ぎます。これに対し、エンドニードルネオなどが使われる内視鏡手術ではおへその中に3〜5mmの穴を開けます。そこから長さ25cm、直径5mmの細長い筒状の腹腔鏡と呼ばれる内視鏡カメラを挿入し、お腹の中の状況をモニターに映し出して手術をする方法です。これを腹腔鏡下手術、一般に内視鏡手術といいます。

 

小児鼠径ヘルニアは、体の片方だけに発症するケースもありますが、大抵は両側が治療対象になります。両側の治療をする場合、メスで切る外科手術は約47分かかるのに対し、エンドニードルネオを使った内視鏡手術では約36分。手術時間も短縮されます。

 

 

ヘルニアの穴を縛って閉じる専用の手術針

 

メスで患部を切ることなく、どうやって専用の針だけでヘルニアの穴を閉じるのでしょうか。口の開いた袋で例えると、開いた口の周りに紐をぐるりと掛けて、ぎゅっと縛ればいいわけです。これと同じことを体の中でやるために開発されたのが専用針です。

 

日本生まれの「嵩原ニードル」も「エンドニードルネオ」も、より安全にヘルニア門を閉じる方法として、糸の先端を半周先まで運び、逆の半周からその糸を回収して、一周させる術式を考えました。お腹に入れた内視鏡カメラで患部を見ながら、体の外から針を刺して、半周先の目的のところに糸を送り、その糸を逆の半周から回収して縛るのです。

 

内視鏡手術でエンドニードルネオを使ってヘルニア門を閉じる図

 

写真提供:遠藤昌夫医師

 

2つの針の大きな違いは、嵩原ニードルが1本の構造に対し、エンドニードルネオは「糸を運ぶ針(糸送り針)」と「糸を回収する針(糸回収針)」、この2つの針を内包して「体に刺す針(穿刺針)」という3種類が合体する仕組みである点です(下の写真)。嵩原ニードルは筒状の針の中に糸を通し、先端から糸を出した状態で針を体に挿入するのに対し、エンドニードルネオは縫合糸を完全に針の中に隠した状態で運びます。

 

 

遠藤さんが嵩原ニードルを知ったのは、自前で専用針を開発している時のこと。早速、嵩原さんに連絡をとり、使い方などを教わりました。遠藤さんが使ってみると、1本の針で完結する簡便さがある一方で、操作に慣れていないと、ごくまれに糸が切れてしまうことがありました。「挿入する時に糸が針の外に出ない構造にできないか」と考えたのが、エンドニードルネオの誕生につながったのです。

 

エンドニードルネオは手順ごとに針の種類を分けるだけではなく、赤ちゃんから12歳くらいまでの子供の体の大きさに対応できる必要最低限の針の長さに設計されています。3つの針を連結させたときの針の長さは7cmです。縫合糸を半周先に送り、回収するのにちょうど良い長さになるからです。

 

「針先の感覚が操作する手に伝わることも大事なポイント」と遠藤さん。繊細な臓器の隙間に針を挿入するため、針先の感覚を手で感じられるよう、縫合糸を運ぶ間はなるべく短く保てた方がいいと考えたのです。

 

国内外で開発されたてきたが……

 

遠藤さんがエンドニードルネオの開発を考え始めたのは約20年前にさかのぼります。その当時は、小児用の器具がなく、自分で市販の部品を買い集めてきては、加工して手術用の専用ニードルの試作に取り組んでいました。

 

実は小児鼠径ヘルニアを内視鏡手術で行う術式は、遠藤さんが開発を模索した1990年代から国内外で研究されてきました。欧州では、長さが1.5cmある弧の形状をした手術針を、お腹の表面から皮膚を貫通させ、ヘルニア門を縫い合わせる方法が開発されました。

 

この他、硬膜外麻酔といわれる帝王切開などで背中から麻酔をかける時に使う長さ8cmほどの専用針が使われることもあります。治療のプロセスは先に紹介した嵩原ニードルやエンドニードルネオと同じです。

 

欧州で開発された術式は完全にヘルニア門を閉じることはできないといった課題があり、また専用の針ではなく麻酔用の針を使うこともあり、ベテランでなければ他の臓器を傷つけてしまう恐れもある難易度の高い方法なのでした。

 

製品化に協力するメーカー探しに苦慮

 

「手術室で既存の器具に不満を感じている外科医ほど、より良い発明家はいない」という遠藤さんが、エンドニードルネオの手作りの試作品を完成させたのは1996年。「学会で発表すると評判もよく、製品化も夢ではないように思えた」と本人は振り返ります。ところが、設計図まで用意した専用の手術針の開発を企業に呼びかけてもなしのつぶてだったのです。「開発費を回収できない」というのが主な理由でした。

 

辛抱強く学会で発表し続けるうちに、他の病院からも「使いたい」という声が届くようになりました。遠藤さんの手作り針は、自身の責任において製作した医師が倫理上あるいは法律上の問題にならない範囲で使うことは可能です。しかし、医療機器としては認められていないため他の医師は使用できません。

 

何とか製品化しようと、根気よく医療機器メーカーへのアプローチを続け、2014年にようやく手を上げる企業が現れました。この年の1月に開催された「さいたま医療ものづくりフォーラム」で基調講演に登壇した遠藤さんが開発協力を呼びかけたところ、埼玉県川口市にあるコスミックエムイー(CME)の専務である五十嵐 亮 レオナルドさんが「挑戦したい」と立ち上がったのです。

 

CMEはもともと医療機器の電子制御の設計開発を受託するOEM(相手先ブランドによる生産)を事業の柱にしてきました。製造工程のほぼ全てをアウトソースしています。製造工場と連携を取り、いかに効率よくアイデアを形にするかに同社のノウハウがあります。

 

医療機器にするための法規制対応にも実績を積んでいるので、五十嵐さんは、どの協力工場に依頼すればいつ頃に試作品が完成するだろうという試算をした上で、遠藤先生に共同開発を提案したのです。

 

もう1つCMEの五十嵐さんがエンドニードルネオの開発に挑戦したかった理由は、自社ブランドの医療機器を持つという目標を叶えるためでした。

 

「自社ブランドを生み出せたことは、私も含めて社員の自信につながりました。エンドニードルネオは新たな収益源を生んだことにとどまらず、自分たちの意識を変えるきっかけになりました」と五十嵐さんは話します。自社製品で救われる患者がいるということが、社員の士気向上につながっているそうです。

 

後発の利、ベトナムで見出した突破口

 

先行する嵩原ニードルに、10年近く遅れをとったエンドニードルネオ。国内よりも内視鏡手術が進んでいる、ベトナムにチャンスを見出しました。

 

その橋渡しになったのが、さいたま市立病院時代の後輩で、医療の国際交流に取り組んでいる東海大学医学部外科学系小児外科の教授を務める渡辺稔彦さんです。渡辺さんは日本とベトナムの医療交流をライフワークにしており、内視鏡手術を受ける患者数が多いベトナムで日本人の小児外科医が経験を積む場を設けたり、ベトナムの医療機関に日本の医療機器を紹介したりしています。

 

渡辺さんによると、現地のドクターの内視鏡手術の技術力は高く、専用の医療器具がなくても、今あるものを駆使して補うノウハウが考え尽くされているといいます。

 

17年の夏、エンドニードルネオを開発した遠藤さんと五十嵐さんは、国立ハノイ小児病院に内視鏡手術の視察と支援に向かう渡辺さんに同行する機会を得ます。国立ハノイ小児病院はベッド数が1500床ある大病院でベトナム北部の小児医療を担っています。

 

1日の外来患者総数は4000人、小児外科だけも年間の手術総数は1万5000件で、そのうちの3000件が内視鏡手術です。桁外れと言われるのですが、実は、小児鼠径ヘルニアの内視鏡手術はまだ普及していなかったのです。

 

遠藤さんは渡辺さんとエンドニードルネオを使った手術のデモンストレーションを行い、新しい技術を現地の外科医に紹介しました。幼い子供の体に傷がほとんど残らない手術。その様子を国営ベトナム放送が取材し、テレビで放送するほど画期的な医療器具として注目を集めました。


ベトナムの病院で現地の医師と食事する遠藤さんと(左手前)とCMEの五十嵐さん(その奥)

注:場所はハイフォン市にあるハイフォン小児病院
 

五十嵐さんは国立ハノイ小児病院に納入実績のある現地の医療機器の輸入業者との商談に持ち込むことができ、エンドニードルネオのベトナム展開の足がかりを作ります。商談を重ねた末、18年11月にベトナムへの初輸出を実現したのです。19年4月末時点でエンドニードルネオを採用した現地の8病院の中に国立ハノイ小児病院も含まれています。

 

後発であるがゆえに、16年に始まった国内販売では苦戦したエンドニードルネオ。世界に先駆けて海外で認められる日本発の医療機器としてベトナムを突破口にアジアへの展開を狙います。

 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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