コラム埼玉で生まれた、ありそうでなかった3つのアイデア製品

公開日:2019-07-09 (更新日:2019-07-10)

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第8回

 

 

医療機器というと最先端の技術を駆使した精密機器という印象がついてまわりがちです。しかし、病気、障害を持つ人やケアをする人たちを支えるこうした機器類は、従来の技術を活用した製品も少なくありません。

 

ふとしたアイデアや、他の産業で当たり前のように使われてきたノウハウを活用して、これまでの医療関係者の常識では「できない」とされていたり、見過ごしていたものが開発されるブレークスルーが生まれています。

 

今回は、埼玉県のものづくり企業と医療関係者とが協力して形にした医工連携のアイデア商品を3つ紹介します。いずれも「どうしてもほしい」「必要」という切実な思いを、ものづくりの担い手が受け止め、形にした商品です。

 


[アイデア商品-その1]

運動障がいのある青年の夢を叶えたハンドバイク

 

あと1年ほどに迫った東京オリンピック・パラリンピック。2020年9月7~18日に開催されるパラリンピックで行われる22競技の中には、ハンドバイクという手で漕ぐタイプの自転車競技があることをご存知でしょうか? 主に、脊髄損傷などで人生の途中から歩けなくなったアスリートが、残された機能を生かしてより速く走ることを競うスポーツの1つです。

 

スピードを競うわけですから、ハンドバイクの仕様は自ずと競技用になっています。しかし、競技ではなくリハビリや日常生活でも使えるハンドバイクも登場しています。埼玉県朝霞市に本社を置く宇賀神溶接工業所は、リハビリ用のハンドバイク「HBJ-YC」(最新モデル)を開発した1社です。半導体装置など産業向け製品に使われるステンレス素材の精密溶接加工が中核事業の同社が、医療分野の製品を開発したのは、このハンドバイクが初めてでした。

 

■宇賀神溶接工業所(埼玉県朝霞市)が開発したハンドバイク「HBJ-YC」

 

1通のメールに込められた思いが突き動かす

 

同社がハンドバイクを開発することになったきっかけは、10年前の2009年に代表である宇賀神一弘さんの元に舞い込んできた1通のメールでした。差出人は、ロードレースにも出場するほどの自転車愛好家の男性。自転車に乗車中に事故に遭い、脊髄損傷を負ったために自力では歩けなくなってしまいました。

 

「もう一度自分の力で思い切り風を切って走りたい。自分の体にあったハンドバイクを作って欲しい」。その男性は数々の自転車メーカーに依頼をしては断られ、一縷の望みをかけて宇賀神さんに猛烈なアプローチをかけてきたのです。

 

メールを受けとった宇賀神さんは、自転車の素材になるようなステンレスのパイプを綺麗に曲げたり、溶接したりするといった技術を持っていますが、自転車そのものを作った経験はありません。安請け合いは無責任と考えたものの無下に断るわけにはいかないので、依頼主に会って話を聞くことにしました。

 

面会が決まったことで、依頼主に勝負あり。「数時間後には半ば押し切られるように引き受けることになってしまった」と宇賀神さんは振り返ります。

 

当時は、リーマン・ショックから2年が過ぎようとしていた頃。世界的な信用不安の広がりで、新規需要が止まる「需要蒸発」と呼ばれる事態が企業を襲っていました。下請けであることの厳しさに直面していた宇賀神さんにとって、ハンドバイクの開発は事業性に不透明感はあるものの、当時の経済環境では容易ではない新規需要の掘り起こしにつながったのです。

 

工業デザイナーの協力を獲得、「グッドデザイン賞」も

 

自転車ブームが幸いしてか、宇賀神さんがまわりの知人に相談したところ、自転車の設計が分かる工業デザイナーが手を挙げ、快くデザインと設計を担当してもらえることが決まりました。

 

宇賀神さんも協力者の工業デザイナーも日中は仕事があるので、仕事を終えた夜や週末にハンドバイクの開発に取り組む日々が続きます。部品1つひとつの開発が難航し、「図面を3Dに起こしては試作品を製作する作業の繰り返しが無限ループのようでした」と本人は振り返ります。

 

ようやく試作1号機が完成したのはデザイン設計から1年後の10年。展示会に出展するたびに物珍しいハンドバイクに惹きつけられる来場者から意見が寄せられ、製品の改良に生かしました。宇賀神さんはこれまでに5つのモデルを開発しました。

 

1号機は全長が2.1mもあったため「こんなに大きくては置くスペースがない」と言われる状況でした。そのため試作2号機は全長を30cm短くし、20段以上の変速ギアを付けました。実用性を磨いた2号機は11年度の「グッドデザイン賞」を受賞します。

 

 

その一方で、「手の漕ぐ力で、坂は登れるの?」という不安の声があったのも事実。「乗る人の状況を十分に考えきれていなかった」と、宇賀神さんは当時、忸怩たる思いを抱いたことを明かします。

 

数多くの声の中から、リハビリや日常生活に必要な要素を吸い上げ、試作3号機には電動アシストがつき、試作4号機はお年寄りや女性用、試作5号機は子供用を開発するに至りました。

 

「生活に根ざしたリハビリ」を可能にする新たな挑戦

 

試作3号機から乗り手のことを一層考えたモデルを開発していく中で、宇賀神さんはハンドバイクの新しい使われ方に興味を抱くようになりました。元々、事故で脊髄損傷を負ったサイクリストから開発の声が掛かったこともあり、「リハビリを必要とするたくさんの人に乗ってもらいたい」という思いを募らせてきたのです。

 

その思いを形にするきっかけになったのが、滋賀県に住む生まれつきの脳性まひで足が不自由な中学生とそのお母さんの存在です。14年頃、そのお母さんから「息子をハンドバイクに乗せてあげたいんです」と、宇賀神さんの元に電話がかかってきました。

 

その中学生は、びわこ学園医療福祉センター草津 (滋賀県草津市)に通っていました。宇賀神さんは同センターに所属する理学療法士の高塩純一さんと連絡を取り合うようになり、お母さんの願いを実現します。高塩さんは宇賀神さんを地元に招いてハンドバイクの体験会を開き、そこでその中学生に試乗してもらうことにしました。

 

その日、楽しそうに1日中ハンドバイクを乗り回す中学生の息子の姿を見て、母親は購入を即決。それからは、高校を卒業する19年春までハンドバイクで通学したそうです。ハンドバイクに乗り始めてからの夢だった、琵琶湖一周としまなみ海道というサイクリストの聖地で走る夢も自分の手で叶えました。

 

■埼玉県朝霞市で行われたイベントに出展したハンドバイク

 

「経験がないから出来ない」→「ないからこそ挑戦」

 

リハビリの現場からは「ハンドバイクは身体機能の発達に役立つ」という声や、親御さんからは「子供が自分で乗り物を漕ぐなんて思ってもみなかった」という言葉を掛けられてきたという宇賀神さん。「経験がないから出来ない」ではなく「経験がないからこそ挑戦してよかった」と振り返ります。

 

宇賀神さんたちが開発する以前からも、車椅子に前輪と手で漕げるペダルを取り付けたハンドバイクはありました。そこにリハビリや日常生活で乗れる子供用と大人用、電動アシスト付きのモデルを宇賀神さんたちが開発したことで、全国各地で利用の輪が広がりつつあります。

 

「障害を負うことになっても、ハンドバイクで通学したり、ツーリングしたりしているうちに、パラリンピック選手を目指そうという夢や目標を持つ機会もあるはず。使う人が生きる希望を持てるような製品をこれからも開発していきたい」と宇賀神さんは笑顔で話します。

 

■特別支援学校でのハンドバイク体験授業の様子

 


[アイデア商品-その2]

「ヒヤリ・ハットにさようなら」で開発した酸素ボンベの警報器

 

テレビドラマなどでは、人工呼吸器を付けた患者がストレッチャーで運ばれる場面をよく目にします。その人工呼吸器には酸素ボンベが付いていて、患者の酸素吸入を補助します。こうして血中の酸素飽和度の低下を防ぎ、肺に取り込まれた酸素が全身に運ばれる状態を保ちます。

 

救急患者の搬送時、看護師たちは酸素飽和度や脈拍、心電を測定するモニターなど様々な数値に目を向けなくてはなりません。酸素ボンベにどれだけ酸素が残っているかを示す圧力計の数値も、重要な確認項目の1つです。ところが、患者への酸素投与が不足していることを、別の装置のアラームが鳴ることによって気がつくこともあるそうです。

 

一刻を争う救急現場で酸素ボンベの残圧に関するヒヤリ・ハット(重大な事故に直結してもおかくしくない一歩手前で気付くこと)を解決しようと開発されたのが、酸素残圧低下警報器「Alarm Bird Pippi」(アラーム・バード・ピッピ)です。開発したのは、さいたま市にある三幸製作所です。

 

同社は、患者の生命維持に欠かせない「呼吸」を守る機器を開発しています。のどや気管から唾液やたんなどの分泌物を取り除く吸引器や、気管支や肺の炎症を抑える液体の薬剤を霧状にして患部に送るネブライザー、救命救急には不可欠な酸素吸入器や酸素ボンベの圧力調整器などを主力製品として開発してきました。

 

アラーム・バード・ピッピは、酸素ボンベの圧力調整器についている圧力計にワンタッチで取り付けられる付加価値製品として病院への普及を目指します。

 

■三幸製作所が開発した「アラーム・バード・ピッピ」

 

意外と多い酸素ボンベのヒヤリ・ハット

 

酸素ボンベから患者の体内に酸素を届ける人工呼吸器の間には、安定かつ適切に供給するために、送り込む酸素の圧力を管理する圧力調整器が取り付けられています。そこには酸素ボンベに充填された高圧酸素ガスの残量を示す圧力計が備えられ、看護師たちは“目視”でチェックしているのです。減っていれば満タンの酸素ボンベと交換します。

 

ただ、救急搬送時は慌ただしく、重大事故につながり得るようなヒヤリ・ハットが起こりやすいのが現状です。実際に、同社が所属する日本産業・医療ガス協会がまとめた集計によると、2014〜16年度に医療現場で起きたヒヤリ・ハットの件数は557。その16%が酸素ボンベに関するものでした。同調査には「酸素吸入をする患者が苦しそうなので、確認したところボンベが空だった」といった現場の声が寄せられているのです。

 

多くの医療現場では、酸素ボンベの残圧を目視で確認することが多く、事故につながる恐れがあるとして、なんらかの対策が求められてきたのです。次第に三幸製作所の代表である宇賀神正敏さんは開発の必要性にかられるようになります。そんな中、埼玉医科大学総合医療センターで開催された困りごとの発表会でも同じようなヒヤリ・ハットがあったと聞き、「やはり身近なところでも求められている」と製品化を目指すことになったのです。

 

実は、三幸製作所が酸素ボンベの残圧低下を音で知らせる製品開発に取り組み始めたのは数十年前に遡ります。今では酸素供給を壁に埋め込んだ配管から行う医療施設がほとんどですが、30年前にもなると病室で酸素ボンベが使われることは珍しくありませんでした。

 

その当時に開発したのが残圧低下をナースステーションに知らせるナースコールと連動した警報器でした。さらに20年前には救急車向けに、酸素ボンベの残圧をLED(発光ダイオード)で表示して、満タンの酸素ボンベに切り替えるタイミングになったら知らせる警報器を開発しました。

 

ところがナースコールと連動した警報器は有線ということもあり、宇賀神さんが考えるほどには病院からの需要が盛り上がりませんでした。また救急車用の残圧警報器も、市場規模の小ささから販売価格が高くなることもあり、普及が進まないままに年月は過ぎていきました。

 

それでも「医療現場で必ず必要とされるはず」と、宇賀神さんたちは製品開発のノウハウを蓄積してきました。最近、医療現場の困りごととして注目されるようになったことで、長年の思いを形にする機が熟しました。しかし、医療現場で実用化されるには一朝一夕にはいきません。

 

試作の第1段階では前方に針があるかを検出する赤外光測距センサーを用いました。針がある時とない時とで異なる光の角度から残圧が低くなっていることを知らせる仕組みです。しかしながら想定よりも形状が大きくなり、都度、センサーを調整する必要があるという課題が浮上しました。

 

第2段階では、受発光素子を内蔵した光センサーを用い、反射する光の強さの変化から残圧低下を検出する方法を取りました。これにより小型軽量化とコストを抑えることができました。

 

第3段階では取り付けやすさを考慮し、医療現場での評価に持ち込みました。救急の現場から指摘があった「振動に弱い」という点も改善し、無事、製品化に至りました。現在、幾つかの病院で試験導入が始まっています。

 

三幸製作所が開発する酸素ボンベ用圧力調整器は、国内病院向け市場の3〜4割を占めています。「その1割でもアラーム・バード・ピッピが医療現場で役立ってもらえるようになれば」と社長の宇賀神さんは話します。

 

■アラーム・バード・ピッピが取り付けられた様子

 


[アイデア商品-その3]

入院がん患者の歩行を支援する補助器

 

「がん患者さんが転ばない点滴スタンドを作れないでしょうか?」

 

2016年、埼玉県立がんセンターが開催した医療現場の困りごとを発表する会で、ある看護師が企業に呼びかけました。高齢のがん患者は、杖代わりに点滴スタンドを使う傾向があります。

 

その点滴スタンドはちょっとした段差でもバランスを崩しやすく、最悪の場合、転倒事故につながりかねません。事故が起きてからでは遅いことから、看護の現場では「代替品はありません」では済まされないほど喫緊の課題だったのです。

 

しかし、同センターからの呼びかけに手を挙げた企業はあったものの、試作デザインの段階でコストが見合わないなどの理由で、開発には結びつきませんでした。

 

オフィス家具のデザインメーカーが開発に参画

 

いっこうに開発が始まらない状況に光が射し込んだのは、埼玉県立がんセンターの事情を知る人が、たまたま別件で訪問していた埼玉県東松山市にある町工場を訪れたときのことです。その町工場の倉庫に置かれた“ナースカートに似た”試作品が目に留まったのです。

 

その町工場はKSK。同社は、下請けながらオフィス家具のデザイン設計から生産まで一貫体制で手掛けてきました。KSKは16年中頃から看護分野の製品開発を開始し、病院内での回診に使われるナースカートをこれまで10種類以上販売してきました。その需要がひと段落した時に、埼玉県立がんセンターから「患者が転ばない点滴スタンド」の話が持ち込まれたのです。

 

実はKSKは、既に地元の東松山市にある病院からも同じような依頼を受けていました。先に触れた“ナースカートに似た”ものが、まさにその試作品です。KSKで設計技術を担当する望月徹さんは、まずは埼玉県立がんセンターに出向き、看護師が既存の点滴スタンドを保管場所から持ち出す場面から、患者が使う様子をつぶさに見学しました。

 

■看護師らが試作品を検証する様子

 

望月さんは、「がん患者が病院の中でどういう活動をしているのか」「どういう機器を携行するのか」に関心を持っていました。観察していると、胸にたまった余分な液体や気体を取り除く胸腔ドレーンや酸素ボンベに吸引器、尿バッグなど症状により移動時に携行する医療機器が様々であることに気がつきます。患者が寄りかかるように体重をかけても倒れない仕組みをベースに患者ごとに異なる持ち運びのニーズをカバーするデザインを考えました。

 

開発にあたって重点を置いたのは、患者が歩行中に転ばないことが第1点。もう1点は、1台で酸素ボンベ、胸腔ドレーン、酸素濃縮装置など様々な医療機器や用具の持ち運びができるよう、それらを置くかごの着脱が容易となることです。これに加え患者の身長を考慮して、背の高さが異なる2種類のモデルを開発しました。

 

点滴スタンドは左右どちらにも取り付けられ、高さも調整ができます。肘を置いたり握ったりと、その日の体調に合わせて使い分けられる手元のグリップに、静かでコマの大きいキャスターを使うことで、多少の段差があってもバランスを崩すことなく検診に出向くことができます。

 

実際にKSKの歩行補助器を使った患者たちからは「方向転換が容易」「リハビリに行く時のファイルも運べる」「院内のコンビニで買い物をした時に袋をぶら下げられて楽ちん」といった声が寄せられました。

 

■完成した歩行補助器とKSKの望月徹さん

 

一見、場所を取りそうに見えますが、3.3平方メートルのスペースに12台収納することができるので、病院にとっても保管に困らず、魅力の1つになっているそうです。

 


 

今回は、使う現場の声を形にして解決する埼玉県の中小企業の医工連携の取り組みを紹介しました。医療関係者、ものづくり企業が協力して製品開発をする医工連携は、医師が使う医療機器に留まらず看護やリハビリの現場にも広がっているのが、最近の特徴になっています。

 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

 

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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