コラム実家の親が交通事故の加害者になったら

公開日:2019-07-25

保険を選ぶときに「知っ得」話~第20回

 

 

交通事故は年々減りつづけ、2018年の死者数は3532人と、統計開始以来最低となりました(「平成30年中の交通事故死者数について」警察庁)。一方で、高齢運転者が加害者となる悲惨な交通事故のニュースが後を絶ちません。

 

高齢者の事故には「ブレーキとアクセルの踏み間違い」「判断の遅れ」といった認知機能の衰えによるものや、「何があったか覚えていない」など認知症を疑わせるケースもあります。実家に帰るたび、衰えを感じる親の運転。ニュースを見て、「他人事とは思えない…」と不安を覚える人もいるでしょう。

 

そうはいっても、住まいや地域の状況から運転せざるを得ないケースはありますし、どんなに慎重な運転を心掛けても、自動車事故を完全に防止することはやはり困難。運転を続けるなら、事故後に起きるお金の問題で困らないよう、せめて自動車保険を万全にしておくしかありません。

 

しかし、こんなことが気になっている人もいるのではないでしょうか。

 

衰えを押して運転した高齢者のこんな事故、そもそも自動車保険が使えるの?
認知症の人が運転して事故を起こした場合、保険金は支払われるのか?

 

これが今回の知っ得ポイントです。

 

自動車保険は「他人のため」「自分のため」の補償で構成される

 

まず、自動車保険のそもそも論から整理しましょう。

 

自動車保険は

 

対人・対物賠償などの「他人に対する補償」と、
人身傷害、車両などの「自分に対する補償」
 

――の2つで構成されています。

 

■自動車保険の基本構成

 

「他人のための補償」は、いうまでもなく自動車保険の必須項目。相手に及ぼす損害を事前予測することは不可能ですから、保険金額は無制限とするのが基本です。

 

「自分のための補償」は、自らの死傷やマイカーの損害を補償するもの。自身の損害は最大損害額がどれくらいになるか把握できるので、家計の状況を踏まえて補償を選びます。

 

対人・対物の保険金が支払われる条件とは

 

対人・対物賠償では、保険金支払いの対象となる、ならない場合を以下のように定めています。保険金が支払われる場合は、対人賠償では以下の①~④の4条件、対物賠償はの3条件。これを満たせば原則として補償を受けられます。

 

■保険金が支払われる主な場合

① マイカーの「所有・使用
  ・管理」に起因する
運転中だけでなく、管理中の事故も賠償責任を負うため、その場合も保険金が支払われる
② 他人の生命・身体を害する
  (対物はモノを害する)
他人とは「被保険者」*以外の人。身体にけがを負わせるなど実際の損害発生(対物はモノへの損害発生)が要件
③ 被保険者が法律上の
   損害賠償責任を負う
自賠法の「運行供用者責任」**や民法の「不法行為責任」***「使用者等の責任」****などの責任を負ったときが対象
④ 自賠責保険等で支払われる
金額を超過(対人のみ)
自動車保険は自賠責保険の上乗せなので、自賠責保険の補償範囲を超えた部分から補償される
**本人や家族など **自動車損害賠償保障法3条 ***民法709条 ****民法715条

 

一方、保険金が支払われない場合は、対人・対物共通で主に以下のとおりです。これらは自動車事故として私たちが一般に想定するものではないでしょう。

 

また、対人事故で支払われないケースに、親子や夫婦その他一定の親族等を死傷させた場合があります。これは社会通念上、親族間で損害賠償を行わないとされているためです。

 

■保険金が支払われない主な場合

種類
内容
故意
保険契約者や被保険者が
故意に起こした事故
異常時
戦争・内乱・暴動など/
地震・噴火・津波/
台風・洪水・高潮/
核燃料物質等の放射性・
揮発性等による事故
その他
クルマの競技・曲技中の事故

 

条件を満たせば認知症でも保険金は出る

 

上に示した支払われない主な場合には、認知症の運転者による事故という規定は見当たりません。認知症であっても、先に挙げた「支払われる4つの条件」を満たし、かつ「支払われない場合」に該当しなければ、保険金は支払われるのが原則なのです。

 

ただし、事故を起こしたとき、本人が心神喪失(精神の障害で、物事の良し悪しの判断や行動を制御する能力を欠く)状態として責任能力が否定されると、本人は法的責任を問われず上記4条件のを満たさなくなります。認知症の状態によっては、心神喪失状態と判断される可能性はあるでしょう。

 

こうした場合、親族等が本人の監督責任を問われることになります。そのとき、親族等が自動車保険の定める「被保険者」に該当していれば、被害者への賠償責任を自動車保険でカバーすることができます。

 

「被保険者」とは保険を利用できる人のこと。以下はある保険会社の約款に記載されている「被保険者」の範囲の概要です。①の「本人」や②の「一定の家族」が事故を起こした場合はもちろん、本人や一定の家族に責任能力が認められない場合は、監督義務者である④の「親族」などが負う責任も補償されます。

 

■対人・対物賠償保険の被保険者の範囲(概要)

① 保険契約上の本人(「記名被保険者」)
② 本人の配偶者 ・本人や配偶者の
   同居親族および別居の未婚の子
③ 本人の承諾を得てクルマを借用している人
④ 上記3つに当たる人が責任無能力者の場合、
   その人の監督義務者など(親族に限る)
⑤ 本人の使用者


さらに、③の「本人がクルマを貸した人」が起こした事故もOKです。その人に責任能力が認められず、④の「監督義務者」が責任を負うといったケースでも、クルマを貸した本人の保険が使えます。あるいは、本人が自分のクルマで業務遂行中に事故を起こしたとき、⑤の「本人の雇い主」が負うことになる責任も対象になります。

 

自動車保険では、このように本人以外の人が事故の責任を負うことになる場合にも、親族を中心に保険が利用できるようになっています。

 

被害者保護を主眼とする保険特約も登場

 

しかし、家族構成の縮小が進む中では、課題もあります。事故の加害者に責任能力がないケースで、その人に身寄りがなく監督義務者もいなければ、責任を負う人はいません。

 

前述の4条件を満たさないため保険金が支払われず、被害者が救済されないケースも起こり得るのです。そこで、運転者の責任能力の有無や、家族の監督責任等の事実確認を待たずに被害者に保険金を支払い、被害者保護を図る自動車保険の特約も出てきました。

 

また従来の支払い要件になっていた人やモノに対する被害が起きてなくても、保険金を支払う特約も出ています。例えば自動車運転中に踏切内で立ち往生、電車の運行不能等による振替輸送等の費用を請求されるケースなどが想定されています。

急激に高齢化が進む中、これまで想像しなかったような問題も生じています。深刻な事態で家族が負うことになる経済的責任をカバーでき、被害者が確実に補償を受けられることは、安心して過ごせる社会の前提条件ではないでしょうか。高齢化で顕在化する課題の解決につながる商品の登場を、今後も期待したいですね。

 

なお、保険契約者や被保険者が故意に起こした事故に保険金は支払われませんが、無資格運転(無免許・免許取り消し・仮停止中など)や酒気帯び運転、麻薬等の影響を受けた運転で起こした事故については、被害者保護の観点から対人・対物保険金は支払われることになっています。

 

自分が受けた損害はカバーできないケースがある

 

一方、自動車事故によって自らが受けた損害は、本人が心神喪失状態だと保険金が支払われない可能性があります。ある商品の保険約款を見てみましょう。自らの死傷を補償する人身傷害保険の「保険金が支払われない場合」では、以下のように書かれています。

 

■人身傷害保険で保険金が支払われない主な損害原因および状態

① 被保険者の故意または重大な過失
② 無資格や酒気帯び、指定薬物等の影響
  で正常な運転ができない恐れのある状態
③ 被保険者が、正当な権利を持つ者の承諾
  を得ず契約対象の自動車に搭乗
④ 被保険者の闘争や自殺または犯罪行為
⑤ 被保険者の脳疾患、疾病または心神喪失

 

 こちらも認知症による損害について記載はありません。ただ認知症かを問わず、その状態が⑤に該当すると判断されれば、保険金は支払われないことになるでしょう。

 

このように自動車保険では、認知症かどうかを問わず他人に与えた損害については、おおむね保険を使えるようになっているので、そこは心配はいりません。一方で自分側の損害については、本人の状態により保険金を受け取れないケースも出てきます。こうなると事故で大けがを負うなどすれば、医療費負担が重くなることも考えられます。

 

クルマを運転する限り事故は完全には回避できず、だからこそ保険と縁を切るわけにもいきません。しかし、事故の損失をまるごと保険でカバーできるとは限らず、事故が起これば家計負担が重くなることも考えられます。実家の親の運転に関しては、こんなデメリットの可能性があることも踏まえた上で、どうするかを一緒に考えていきたいですね。

執筆者情報
清水香(Kaori Shimizu)

清水香(Kaori Shimizu)
生活設計塾クルー  生活設計塾クルー・取締役
ファイナンシャルプランナー(CFP・1級FP技能士)/社会福祉士/自由が丘産能短期大学講師

1968年東京生まれ。中央大学在学中より生損保代理店業務に携わるかたわらファイナンシャルプランナー(FP)業務を開始。2001年に独立後、翌年に生活設計塾クルー取締役に就任、現在に至る。一般生活者向けの相談業務のほか執筆、企業・自治体・生活協同組合等での講演活動なども幅広く展開、テレビ出演も多数。財務省“地震保険制度に関するプロジェクトチーム”委員


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