コラム死の淵に立つ心肺停止、心肺と脳の蘇生で社会復帰率向上を支援する世界初の装置

公開日:2019-07-31 (更新日:2019-08-01)

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第8回

 

 

7月も終盤を迎え、梅雨が明けてからは最高気温は30度を超える日が続いています。真夏といえば、熱中症に気をつけたい季節です。普段のニュースやテレビドラマなどで、「心肺停止」という言葉を耳にしますが、熱中症はその原因の1つです。

 

心肺停止とは、心臓と呼吸が止まり、命の危機に瀕している状態で、日本では1日に160人もの人が命を落としているといわれます。 総務省消防庁によれば、2017年に全国の救急隊員が搬送した心肺停止状態の人数は12万7018人。1日当たり350人近くになります。

 

毎日これだけの人が救急搬送されているのは、下の表に示したように、心肺停止は心原性と呼ばれる心筋梗塞や急性心不全といった心臓の疾患に限らず、非心原性と呼び、冒頭の熱中症のように健康な人でも起こり得る症状だからです。

 

非心原性の心肺停止は、熱中症以外に、交通事故や、お風呂に入ったり食事中に食べ物が喉に詰まったりしたことが原因など、日常生活を送る中である日突然、見舞われてしまう症状なのです。

 

■心肺停止の原因

心原性 心臓が止まることで呼吸が停止する
急性心不全、不整脈、無症候性心筋虚血、
狭心症、心筋梗塞、心室細動など
 
非心原性 心原性以外で心疾患の原因になり得る
脳血管障害、くも膜下出血/
食道・胃・十二指腸・小腸・大腸などの消化管出血/
肺塞栓症(エコノミークラス症候群)/
喘息、細気管支炎/熱中症/
急激な温度変化によるヒートショックなど/
乳児突然死症候群/
外傷・出血・急性薬物中毒・窒息・誤飲・溺水など

 

社会復帰率が全国平均の2倍を記録する新潟市

 

命を落とす原因になる心肺停止は、応急処置の迅速さが求められます。処置が遅れれば、一命をとりとめても体にダメージ残り、社会復帰は遅れてしまいます。

 

先程挙げた17年に心肺停止した人のうち心原性によるものが61.6%の7万8302人。そのうち市民が目撃していた人の場合が32.6%の2万5538人になります。その人が1カ月後に社会復帰を果たせる割合は、8.7%と1割にも届きません。

 

■救急搬送された心肺停止の原因(2017年)

■心原性・心肺停止を市民が目撃した場合の状況

出所:「消防白書」(平成30年) 注:*は12万7018人、**は7万8302人が分母


ところが、新潟市の場合はその割合が全国平均の約2倍の17〜20%台になります。同市のケースが際立つのは、患者(傷病者を含む)が病院に運び込まれるまでの時間が平均45分と、全国平均の39.3分(平成30年版消防白書)に比べて長いにもかかわらず、高い復帰率を実現していることです。

 

その理由の1つに、ある医療機器の存在が注目されています。その機器とは、日本人の体格と日本の住宅事情を考慮した自動心肺蘇生器「クローバー3000」(以下、クローバー)。新潟市は他の地域に先駆けて、クローバーを保有する25台全ての救急車に導入したのです。

 

同機を開発したのは、人工呼吸器などを開発するコーケンメディカル(東京都文京区)。クローバーは救急現場でネックになっていた、狭い階段や狭いエレベーターの中でも、心肺蘇生を続けることができる日本発の世界でも類を見ない装置で、16年から少しずつ全国の病院や消防署への導入が進んでいます。

 

■収納バッグにもなる専用担架を付属した自動心肺蘇生器「クローバー3000」

 

絶え間ない心臓マッサージと人工呼吸を可能にした自動心肺蘇生器

 

心肺停止になった人に、一刻も早く応急処置が必要なのは、血液を体内で循環させるポンプ役である心臓が止まってしまったために、酸素を含んだ血液が脳に届かなくなるからです。

 

脳は心臓が止まってから1分経つと機能が停止し、4分で脳内の酸素を使い果たします。心臓が停止してから15分経過すると脳細胞の損傷が始まります。そのため死に至らずに済んでも、脳に起きた損傷で身体に麻痺が残ることがあるのです。命を救い、麻痺が出るのを防ぐために行うのが心肺蘇生です。胸の中心で喉の近くからみぞおち辺りにまである胸骨の部分を継続して圧迫し、必要に応じて人工呼吸も実施します。

 

日本医師会が公表している心肺蘇生の手順では、胸の真ん中を目安に、胸が少なくとも5cm沈む(小児や幼児は胸の厚さの3分の1ほど)強さで、1分あたり100~120回のテンポで行います。そして人工呼吸ができる場合は、心臓マッサージを30回実施後、1秒かけて吹き込む人工呼吸を2回行う組み合わせで実施します。
 

胸骨を圧迫する際には、適切な深さやテンポを維持しながら、中断する時間を極力短くすることが重要です。また人工呼吸で肺に空気を送り込むのは、酸素を運ぶ血液が脳に循環し続けるためです。最近では一般市民向けに心肺蘇生の研修が積極的に行われていることから、これらをご存知の方も増えたのではないでしょうか。

 

こうした手順を踏む心肺蘇生ですが、その有無で1カ月後の生存率や社会復帰率が大きく異なることが、下に示した消防庁の統計からも分かります。

 

■心原性で心肺蘇生の有無のによる1カ月後の状況の違い


出所:「消防白書」(平成30年) 注:*は2万5538人が分母

 

早急な心肺蘇生が必要な心肺停止ですが、実はその6〜7割は住宅で起きています。日本の特に大都市部などの住宅環境では、救急隊員が現場に駆けつけ、患者を救急車に運ぶまでの間に狭い階段やエレベーターを使うことは多々あります。

 

これが「絶え間ない心臓マッサージと人工呼吸」を阻むネックになっていました。心肺蘇生の中断は10秒以下が推奨されていますが、現場から患者を救急車まで運ぶまでの時間はもう少しかかることも少なくありません。

 

地面の上など平なところで仰向けに寝かせておけない状況で、適切な心臓マッサージや然るべきタイミングで人工呼吸を施すことは極めて困難なのです。

 

そこで、担架に仰向けに寝かせた患者を斜めにしている状態でも、人の手に代わって絶え間ない心肺蘇生を可能にしたのが、クローバーなのです。人工呼吸器が備わった自動心肺蘇生器としては日本で初めてであり、子供からお年寄りまで日本人の体格に合わせた心臓マッサージも行えます。

 

AEDとの違いはなに?

 

クローバーは昨今、街中で見かけるようになったAED(自動体外式除細動器)とはどのような違いがあるのでしょうか。

 

AEDも心肺停止した人への応急処置に使う装置ですが、その役割は除細動や痙攣などわずかでも動きのある心臓に、電気ショックを与えて正常なリズムに戻すこと。つまりAEDは、心肺が停止している状態で使っても機能せず、使用前に心肺蘇生が必要なのです。

 

「心肺」ではなく「心肺脳」を蘇生する医療機器

 

停止した心拍を取り戻すために必要な心肺蘇生を自動で行うクローバー。その生みの親であるコーケンメディカル社長の松井英一さんは、「マッサージで心拍が再開しても脳に酸素が行き渡らないと正常な社会生活に戻ることはできない。これからは、“心肺”ではなく“心肺脳”を蘇生する時代になる」と強調します。

 

クローバーの登場前にも、外国製などの自動心肺蘇生器が救急車両などに搭載されていました。しかし、担架で搬送中の患者に対して使える仕様ではありませんでした。こうした事情もあり、松井さんは

 

「患者が倒れている現場に持って行ける」
「どんな姿勢でも心臓マッサージができる」
「十分な酸素が脳に届くこと」

 

をコンセプトに製品開発に取り組みました。

 

■コーケンメディカル社長の松井英一さん(左)と東京営業所営業部課長の松井充巨さん

 

クローバーはこの心臓マッサージと人工呼吸を老若男女、そして場所を問わず蘇生行為を施せる機能を兼ね揃えています。特に場所を問わないという点は、日本の場合、社会復帰率を上げる鍵になるのです。

 

こうした現状を踏まえて開発されたクローバーの特徴は、繰り返しの部分もありますが、以下の3つになります。

 

① 日本人の子供から高齢者まで、体型にあった心臓マッサージができる
 狭い住宅から病院まで蘇生活動を中断することなく患者を運べる
 胸部の圧迫と純度100%の酸素での人工呼吸を推奨されたタイミングで行い、必要な酸素が含まれた血液を脳に循環させられる
 

――ことです。

 

3つの特徴を見ていきましょう。

 

①については、先に紹介したように、胸部の圧迫は5cmの深さが推奨されています。筋肉ムキムキで体格のいい若者と、体力が衰えた高齢者とでは、同じ5cmの深さまで圧迫するのに必要な力の強さは異なります。

 

高齢者は、胸部の圧迫を繰り返しているうちに骨が柔らかくなるので、圧力に耐えきれず胸骨が折れてしまうこともあるそうです。クローバーは、体格に合わせて圧迫する力を調節する機能があり、高齢者が胸骨を骨折してしまったり、胸部が打撲したように黒ずんでしまったりする危険性を軽減します。

 

このように圧迫は人によって強さの調整が必要なのですが、海外製はバッテリー駆動のタイプが多く、強さの調整がしにくいことから患者によっては強すぎてしまうこともあるのです。

 

クローバーは日本人体系に合わせ、胸厚が最小12cmの患者まで対応できるよう、0〜5cmまで深さを調整できるようにしています。患者さんを階段搬送する間も心臓マッサージと純酸素での人工呼吸が行える専用担架を付属させることで、現場から救急車、救急車から病院内までの「圧迫・換気・搬送」をひとつの製品で担えるようになりました。

 

②の水平な場所以外でも、心臓に必要な圧迫を行えるようにする点については、クローバーは90度の角度まで腰を曲げた状態であっても搬送している間も心臓マッサージを途絶えさせなくていい方法を開発して実現しました。

 

■幅の狭い階段を通って患者を救急車へと搬送する様子

 

③の酸素を含んだ血液の循環については、クローバーは心臓マッサージをしながら、圧迫と圧迫の間のわずか0.3秒という瞬間的なタイミングで酸素濃度100%の「純酸素」を送り込むことを繰り返す人工呼吸器が搭載されています。

 

心肺停止から時間が経過すると、酸素が十分に血液に補充されなくなるため、大気中と同じ21%の酸素濃度では濃度が低すぎるのです。マッサージで絶え間ない圧迫をして血液を循環させても酸素濃度が低いと、脳細胞を損傷から守れない危険性があることから、クローバーでは濃度100%の純酸素を用います。

 

下の図は、クローバーで胸部の圧迫30回、換気を2回行う場合を示しています。機種の数が限られた自動心肺蘇生器の中で、圧迫を解除するごとに0.3秒で100%の酸素を送り続けることができるのはクローバーだけなのです。

 

 

酸素の濃度と共に、人工呼吸を行うタイミングも調整が必要でした。これまでの心肺蘇生器には人工呼吸器がついていないため、機械で心臓マッサージを30回行った後、人が2回の人工呼吸を施します。この切り替えの際、機械は自動で止まるものの、そのタイミングを正確に見極めなければ、然るべきタイミングで人工呼吸が行えないという課題がありました。

 

機器を使わずに人のみによる心肺蘇生は、3人体制で行うことが多く、1人が胸部の圧迫を担当し、後の2人が人工呼吸を担当します。日頃訓練しているとはいえ、3人が息をぴったり合わせるのは熟練の救命救急士でなければ難しいといわれます。

 

この状況を知り、コーケンメディカル社長の松井さんは、「人工呼吸も機械化すれば、心臓マッサージとの切り替えのタイミングはずれなくなるはずだ」と考え、クローバーに人工呼吸器を内蔵させたのです。

 

救急救命士のアドバイを受けながら8年の歳月をかけて開発

 

紹介してきた機能と特徴を持つクローバーの製品化には約8年かかりました。試作の段階で苦労したのは、どんな場所でも持ち運べるようにすることや、「折りたためる担架のどこに自動心肺蘇生器をつけたらいいのか」など数多くありました。これらの課題を現場の救急救命士のアドバイスを受けながら改善に努めたそうです。

 

現場で必ず使われるように工夫したことの1つが、救急隊が到着するまで行っていた心肺蘇生措置からのスムーズな切り替えです。クローバーでは、倒れている患者への心臓マッサージを手動から機械に切り替える時間を短縮するために、地面との差が極力出ないような薄さに作られています。

 

また取り付ける際には、ついているメモリからすぐに胸厚を計算し、適切な圧力で、胸部を圧迫する心肺蘇生を開始します。さらに心肺蘇生中に圧迫する位置がずれることで胸骨が骨折してしまわないよう、シリコンパッドには熟練の救急隊員が手で圧迫した時の波形を再現させています。

 

これは、胸部は必ずしも水平平行とは限らないため、胸骨を圧迫するシリコンパッドは手首のようにしなやかに角度の調整をするようプログラムされています。そのため、亀の甲羅のように背骨が極度に湾曲している患者に対しても、適切な圧迫をすることが可能なのです。

 

救急現場から医療現場へ

 

クローバーは、救急救命士が使うことを想定して開発したため、コーケンメディカルの営業部門が講習や製品のデモに向かうのは消防施設がほとんどでした。しかし、18年のある日、東京営業部課長の松井さんのもとに、ある病院の循環器内科からこんな連絡が入りました。

 

「X線を使ったカテーテル治療をするときに、クローバーの背板が映って患部がよく見えないから改良してほしい」というのです。循環器内科は、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患に対し、カテーテルを使った血管内治療を行う診療科です。

 

カテーテルとは、直径1.5mmほどの細い管のことで、太ももの付け根や腕や手首の血管から挿入して心臓まで進めて、患部を血管の中から治療するために使われます。カテーテルから血管内に造影剤を投与することで、血管内の患部の様子を手術室にあるスクリーンに映し出すことができます。

 

重篤な患者は、救命救急隊員が運んできたクローバーの担架に乗せたまま、処置を施すことがあります。この時にクローバーの背板が映り込んでしまうというのです。病院に到着した患者が、搬送されてきた状態のままでカテーテル治療を受けることを、課長の松井さんはこの時に初めて知ることになります。

 

コーケンメディカルは、心臓カテーテル治療時も使えるよう、背板のX線透過性の向上に取り組みました。実は背板の内部は、強度を持たせるためにハニカム構造を採用していました。それがX線の投影を妨げていたのです。

 

最終的にたどり着いた改良策は、問題のハニカム構造を取り除くも、同等の強度を維持するために周囲の縁を厚めにするなど、X線撮影に支障をきたさない透過性レベルを実現させました。

 

毎年、国内では約600台の救急車が新しい車両に入れ替わります。その時に自動人工呼吸器が付いていないものを含めて約6割が新たな自動心臓マッサージ器に切り替わります。1台でも多くのクローバーが選ばれるよう、「救急医療の現場がもっと使いやすいものにする努力が必要」と社長の松井さんは話します。

 

                    

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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