コラム認知症の親の起こした事故、子が賠償請求される? 

公開日:2019-08-08

保険を選ぶときに「知っ得」話~第21回

 

 

2007年、愛知県大府市で認知症の男性が線路内に立ち入り電車に接触、死亡しました。この事故で路線運行に遅延損害が生じ、JR東海は家族に死亡した男性の監督責任があるとして、電車の遅延損害等720万円の損害賠償を求め提訴しました。

 

このニュースは当時、多くの関心を集めたので、覚えている人もいるでしょう。介護のみならず、高額の損害賠償金まで負担しなければならないとは、家族にはあまりに重い。そう感じた人が多いのではないでしょうか。

 

この事例は最高裁まで争われ、16年、家族に監督責任はないとの判決が下されました。ただこの判決をもって、「認知症の患者を介護する家族に監督責任が存在しない」となったわけではありません。生活状況や介護実態などを総合的に考慮して、個別に責任の有無が判断されるべきとされ、家族が責任を問われる可能性は残されたのです。

 

25年には認知症の患者が700万人を超えるといわれる日本。5人に1人が認知症になり、多くが親族に患者を抱えることになる中、重い社会課題を残すことになりました。

 

こうしたときに、「個人賠償責任保険」が役に立つことがあります。今回の知っ得ポイントは、この保険についてです。個人賠償責任保険は被害者の保護はもちろん、加害者や家族の家計を崩壊させないためにも欠かせない存在です。

 

公的補償制度の創設も検討されたが……

 

認知症患者の家族が責任を負うことになる根拠について、まずは整理してみましょう。

 

他人に損害を与えたときの賠償責任については、民法に定めがあります。709条には、他人に損害を与えたら加害者は法的責任を負うことになり、被害者にその損害を賠償しなくてはならない、と規定しています。

 

ただし加害者が子供だったり、精神上の障害があったりして、自分の行為が違法かどうかを認識できる能力(責任能力)がないこともあります。その場合、加害者は「責任無能力者」とされ、法的責任を問われません(712条・713条)。

 

しかしそれでは、被害者は泣き寝入りを余儀なくされてしまいます。そこで714条には、責任無能力者を監督する法定の義務を負う人は、代わりに損害賠償責任を負う、と定められています。

 

つまり加害者本人に代わり、本人の監督義務者である親や配偶者、子供などの親族が、被害者への責任を負うことになるため、冒頭の事例のように、親族が高額の損害賠償金を請求される可能性があるのです。

 

冒頭の最高裁判決を受け、厚生労働省など関係省庁の間で、認知症高齢者のトラブルに公的な補償制度を創設して対応することも検討されました。その結果、地域での見守り体制整備の推進などをまず進めることを優先し、公的補償制度については、

 

① 実際に起きた事故で損害額が高額になる事案が少ない
② 民間保険の「個人賠償責任保険」による補償もある

 

――ことなどから新制度の創設は見送られています。

 

このように現時点では、認知症の高齢者が起こした損害を補償する公的制度はなく、法律上の責任を負うことになれば、多額の賠償金を個人が負担することになります。

 

自転車で人にけがを負わせた、自宅マンションの水漏れで階下の住宅に被害が

 

今回テーマの個人賠償責任保険は、暮らしの中では他人を死傷させたりモノを壊したりして、法律上の損害賠償責任を負う際に、加害者が支払う損害賠償金等を補償するものです。深刻な事故にも対応できるよう、保険金額は1億円や無制限など高額に設定しても、年間の保険料は2000~3000円程度と安価です。

 

加入した本人だけでなく、一定の親族も利用できるものが一般的です。本人が認知症などで責任能力がなく、一定の親族等が監督責任を問われる場合も、親族が被保険者(保険の対象となる当事者)の範囲にあればその保険を利用できます。一世帯に一契約、必ず加入しておきたい保険です。

 

■一般的な被保険者の範囲

注:職業後見人は弁護士や司法書士、社会福祉士などの専門職従事者。市民後見人は第三者の一般市民
 

保険に付帯される「示談代行サービス」は、事故を起こしたとき、保険会社のサービスセンターが被害者との間に入ってくれるもの。自動車保険では一般的ですが、個人賠償責任保険では商品・契約によりサービスがない場合もあるので、契約時に確認が必要です。加入方法は、自動車保険や火災保険、共済などに特約でセットするのが一般的で、クレジットカード経由でも加入できます。

 

踏切立ち入り等による遅延損害をカバーする商品も

 

法律上の責任を負う場合でも、保険で補償されないケースもあります。加害者の故意(わざと)による事故はいうまでもありませんが、日常生活上の事故が対象なので、仕事に起因する事故もNGです。あるいは地震で自宅が倒壊し、隣家に損害を与え、賠償請求されるといったケースが実際にありますが、地震・噴火・津波が原因となる損害は対象外です。また人格権およびプライバシー侵害など、ヒトの体やモノに実損害が生じていない場合も、原則として対象外です。

 

ただし冒頭の事例のように、モノに具体的な損害が起きなくても、電車の運休や遅延による損害賠償を請求された場合、その費用をカバーできる商品もでてきています(「電車等運行不能賠償特約」)。

 

このように、高齢化に伴う社会課題に対応する機運が高まってきている一方、個人賠償責任保険の加入率は、高齢者ほど低いことが分かっています。警察庁調べによると、加入率は平均6割、65歳以上はさらに低く、4割を切っているのです。

 

■重大事故を起こした自転車運転者の損害賠償保険等加入状況

年齢

加入

未加入

不明

加入率

24歳以下

100人

34人

21人

65%

うち19歳以下

84人

22人

12人

71%

25歳以上

81人

49人

14人

56%

うち65歳以上

12人

17人

2人

39%

合計

181人

83人

35人

60%

出所:「平成29年度における交通死亡事故の特徴等について」(警察庁)

 

こうした状況下、認知症高齢者を多く抱える自治体も手をこまぬいていられません。認知症の市民が個人賠償責任保険に加入できる仕組みが提供され始めています。自治体により異なりますが、保険料は安価、あるいは全額を自治体負担とするところが多くなっています。見守りサービスや認知症の早期診断を促す仕組みを提供しているところもあり、自治体のこうしたサービスを利用して保険に加入するのもひとつの方法です。

 

■自治体が提供する、認知症の市民が加入できる個人賠償責任保険の例

自治体
(実施年月)
保険
金額
示談交渉
サービス
保険料
負担
利用にあたって
神奈川県大和市
(2017年11月)
3億円
あり
「はいかい高齢者等SOSネットワーク」
に登録
愛知県大府市
(18年6月)
1億円
あり
「おおぶ・あったか見守りネットワーク」
に登録
栃木県小山市
(18年6月)
1億円
なし
本人*
「徘徊高齢者等SOSネットワーク」
に登録
神奈川県海老名市
(18年7月)
3億円
あり
「はいかいSOSネットワークシステム」
に登録
福岡県久留米市
(18年10月)
3億円
あり
「久留米市高齢者あんしん登録制度」
に登録
兵庫県神戸市
(19年4月)
2億円
あり
市**
市の助成制度で認知症と診断されたら、本人を被保険者とする保険に市が加入
注: * 年1000円。** 増税で財源確保。 各種情報より筆者作成


めったにないとはいえ、起きたら大変なことになりかねない賠償事故。高齢で判断力が衰えれば、事故を起こす可能性も高まります。盆暮れに帰省したら、親が保険に加入しているか、さらに十分な補償が確保されているかについても、ぜひ確認してあげてください。

執筆者情報
清水香(Kaori Shimizu)

清水香(Kaori Shimizu)
生活設計塾クルー  生活設計塾クルー・取締役
ファイナンシャルプランナー(CFP・1級FP技能士)/社会福祉士/自由が丘産能短期大学講師

1968年東京生まれ。中央大学在学中より生損保代理店業務に携わるかたわらファイナンシャルプランナー(FP)業務を開始。2001年に独立後、翌年に生活設計塾クルー取締役に就任、現在に至る。一般生活者向けの相談業務のほか執筆、企業・自治体・生活協同組合等での講演活動なども幅広く展開、テレビ出演も多数。財務省“地震保険制度に関するプロジェクトチーム”委員


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