コラムiPad使った内視鏡検査、高齢者には要注意の誤嚥性肺炎の予防に活躍

公開日:2019-09-20

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第10回

 

 

高齢になったら気をつけたいのが肺炎。中でも75歳以上の人に用心してもらいたいのが、誤嚥性肺炎です。飲食物が食道ではなく、誤って気管に入ってしまう誤嚥が原因で起きる肺炎です。

 

生命保険の「三大疾病保障」にあるように、日本人の死亡原因で多い順が「がん」「心筋梗塞」「脳卒中」です。しかし、「肺炎」と「誤嚥性肺炎」を合わせると、死因の実質3番目になります。

 

 

肺炎も誤嚥性肺炎も死亡する人のほとんどが65歳以上の高齢者ですが、その中で誤嚥性肺炎は75歳以上になると死因のトップ7の中に顔を出してきます。健康保険制度では75歳以上を後期高齢者としますが、誤嚥性肺炎は後期高齢者になると気をつなけなくてはならない病気なのです。

 

■年齢別の上位死亡原因

年齢
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
65~69
がん
心疾患
脳血管疾患
不慮の事故
肺炎
肝疾患
自殺
70~74
がん
心疾患
脳血管疾患
肺炎
不慮の事故
間質性肺疾患
肝疾患
75~79
がん
心疾患
脳血管疾患
肺炎
不慮の事故
間質性肺疾患
誤嚥性肺炎
80~84
がん
心疾患
脳血管疾患
肺炎
老衰
不慮の事故
誤嚥性肺炎
85~89
がん
心疾患
肺炎
脳血管疾患
老衰
誤嚥性肺炎
不慮の事故
90~94
心疾患
老衰
がん
肺炎
脳血管疾患
誤嚥性肺炎
認知症
95~99
老衰
心疾患
肺炎
がん
脳血管疾患
誤嚥性肺炎
認知症


出所:「人口動態調査」(平成29年確定数) 注:認知症は血管性等の認知症

 

年を重ねると誤嚥性肺炎が増えるのは、口の中で咀嚼した飲食物を食道から飲み込んで胃に送る「嚥下」という機能が低下するため。嚥下機能が低下すると、冒頭で触れたように飲食物が誤って気管に入る「誤嚥」を起こします。これが原因で体外からの細菌が肺に入り、炎症を起こして誤嚥性肺炎が発症するのです。

 

嚥下機能の低下は自覚がされにくいため、誤嚥性肺炎で病院に運び込まれるまで気がつかないことも少なくありません。

 

「持ち出せなかった」ものを「持ち出せるようにする」

 

肺炎で亡くなる高齢者を減らすには、その引き金となる嚥下障害の予防と早期発見が欠かせません。ここに着目したのが健和会病院で在宅医療に取り組む医師の福村直毅さんです。

 

■健和会病院の医師、福村直毅さん(右)

 

 

「在宅でも嚥下機能を手軽に調べることができないか」と、患者の元へ往診に出向く医師の福村さんの思いに応えたのが、リブト(東京都八王子市)という医療機器の開発ベンチャーです。同社は2010年に初代の「嚥下検査用の内視鏡ビデオカメラ」を完成させました。

 

開発したのは市販の長さ30cmほどのファイバースコープの内視鏡に着脱できる手のひらサイズのビデオカメラです。ファイバースコープで捉えた映像をパソコンやタブレットでリアルタイムに表示したり、記録したりすることができます。

 

嚥下機能が正常に働いているかは、内視鏡を鼻から喉にかけて挿入したままの状態でご飯を食べてもらうと、一目瞭然。飲み込み具合で食道に入っているか、気管に入ってしまっているかがわかるのです。この検査に要する時間はわずか5分です。

 

症状を自覚してからでは手遅れになる嚥下障害。この検査を在宅医療の患者が医師の往診時に受けることができれば、肺炎を起こしたり、高熱が出てから病院に運ばれたりする前に、嚥下機能の低下を早期に発見できるようになるのです。

 

嚥下障害の疑いがある段階で診断できれば、発声練習をしたり、自発的に咳をする訓練をしたりなど、嚥下の機能を改善するための措置を取ることが可能になります。

 

こうした予防を実現するためにリブトが開発した初代モデルは、現場の医師らからのフィードバックを基に、使い勝手と性能の向上を図り、後継機種を開発。2015年に誕生したのが、ワイヤレスで最大3台のiPadで同時モニタリングできる「エアスコープ」です。

 

さらに小型軽量化して、内視鏡に接続したビデオカメラとパソコンかタブレットのいずれか1台に有線でつなぐ「スコープキューブ」を2018年に発売しました。

 

■iPadに映し出された内視鏡の画像

 

リブトが開発した嚥下機能を検査するための内視鏡ビデオカメラの最大の特徴は、パソコンやiPadなどのタブレットで内視鏡検査ができることです。病院には、嚥下機能を調べる専用の検査室がありますが、機材が大型であるため院内の持ち運びはもちろん、院外に持ち出すことなどはできません。

 

「持ちさせなかった」ものを「持ち出せるようにした」ことで、在宅でも検査ができるようになったのです。開発を担当したリブトの社長、後藤広明さんは「普段通りの生活の中で、さりげなく検査できることを追求した」と強調します。

 

■リブト社長の後藤広明さん

 

胃ろう患者の減少にもつながる

 

在宅で嚥下機能を検査できるようになったことの意義は、嚥下機能の低下を早期に発見することが可能になったことです。寝たきりであったり、病院に通うことが困難な人たちは、嚥下機能が低下したという自覚がない段階で、検査を受ける機会はほとんどありません。そのため病院に運ばれた時には既に誤嚥性肺炎を起こしているということも珍しい話ではないのです。

 

抗生物質で肺炎を治しても、嚥下機能が改善するわけではないので、誤嚥性肺炎にかかって入退院を繰り返すようになります。それを見かねた家族は「胃ろう」という、胃に小さな穴を開けて管を通し、栄養剤を胃に直接送り込む医療処置を考えるようになります。

 

胃に直接、栄養を送り込むので、誤嚥を起こすことはなくなります。胃ろう患者が増えたのは、さほど苦痛を伴わずに、栄養を補給できたこともあります。誤嚥を防ぐ方法には、胃ろう以外に鼻から食道に細い管を通して栄養剤を送る方法もあります。しかし、この方法は管を喉に通す時の不快感で嘔吐する場合もあります。

 

誤嚥を回避し、負担が少ない形で栄養を取れる胃ろうは一時期、患者が1年間に20万~50万人のペースで増え続けました。その背景には患者のニーズもありますが、医療機関が得られる診療報酬が増えたこともありました。

 

胃ろうをした場合の診療報酬は1998年度に6400点(1点は10円)でしたが、2000年度には7570点、2002年度には9460 点、とわずか5年で1.5倍に上昇したのです。診療報酬の上昇と患者の増加は医療財政を圧迫します。これに歯止めをかけようと、政府はピーク時に1万70点に達していた診療報酬を、2014年度に一気に6070 点に見直しました。

 

この時に新たに設けられた診療報酬が、嚥下機能の検査と機能低下の予防、そして口からの栄養摂取で胃ろうを外すことを促進するものです。具体的には、

 

胃ろうする時に嚥下機能を評価していれば2500点
経口での摂取を回復、促進することに185点
胃ろうを外すことに2000点

 

――の報酬項目を設けたことです。項目を細かくすることで、胃ろうを続ける患者を増やさないようにしようというものです。

 

それだけではありません。嚥下機能の内視鏡検査の診療報酬は2010年に600点でしたが、2016年度には720点に上がっています。医療財政が厳しい時代、診療報酬は下がることはあっても上がることはごく稀です。

 

嚥下機能の内視鏡検査は予防的な行為ですが、検査によって誤嚥を防ぐための訓練や、嚥下しやすい食事への切り替えが可能になります。それによって、胃ろう患者数が膨れ上がる歯止めになることを期待されているのです。

 

こうした政策的な流れは、医師の福村さんや後藤さんが取り組む在宅医療での嚥下内視鏡検査システムに対する需要を高める追い風になりました。

 

それに加え、そもそも人間は「口から食べたい」ものです。胃ろうは簡単に処置できますが、食べる時の姿勢や食べ物のとろみ度や刻み具合を変えるなどの工夫をすることで、口で食べられるようにできます。そうする中で嚥下機能が改善すれば、胃ろうに頼らず栄養を摂取できます。

 

口で食べるという人間本来の姿を保つ上で、嚥下機能の低下をいち早く発見し、機能回復の施策を打つ手助けをするのが「エアスコープ」なのです。

 

リハビリや歯科など様々な分野で使われ始め、さらなる用途拡大へ

 

超高齢化社会の到来で、医療・介護施設の不足を補うため、国は在宅医療および介護を推進する政策に転換しています。そのためには在宅で使える医療や介護機器の開発、普及が欠かせません。エアスコープはそれまで病院でしかできなかった内視鏡検査を在宅で行えるようにした点で、時代のニーズに応えた機器です。

 

同機は既に製品化から10年が経とうとしていますが、「普及はまだまだ発展途上です」とリブトの後藤さんは話します。嚥下機能が低下した高齢者は全体の半分程度という推定もありますが、嚥下機能の内視鏡検査はまだ使い方が限られています。

 

リハビリテーションや歯科など様々な分野で使われ始めていますが、まだ開拓の余地はあり、そのためには、多くの医療機関・医療関係者のニーズを満たしていきたいと、後藤さんは新たな機種の開発に励んでいます。

 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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