コラム必要なのは治療薬だけじゃない、がん患者の心と体を潤す青森発の化粧水

公開日:2020-02-13 (更新日:2020-09-25)

長生き時代に頑張る!

ニッポン発の新・医療機器&サービス 第11回

 

 

1グラム 3000万円がお手頃価格に

 

今や2人に1人ががんに悩まされる日本。がんを治療するために様々な新薬や放射線治療などの新しい治療技術が生まれ、数々の命の危機を救えるようになりました。しかし、患者を救うのはそういった技術ばかりではありません。今回は、抗がん剤治療の現場から生まれた青森県発の化粧水を紹介します。

 

薬剤師と看護師が立ち上げた治験を請け負うフェアリーベン(青森県)が、患者のQOL(生活の質)向上につながるようにと開発しました。かつては1gに3000万円も製造コストがかかっていた超希少成分が含まれています。青森県弘前大学が開発した抽出技術のおかげで、製造コストが1000分の1にまで下がり、化粧品やサプリメントに使われるようになりました。

 

フェアリーベンによる2年の開発期間を経て、化粧水と乳液、美容液がひとつになったオ-ルインワンの「リーバーミルク」と、保湿化粧水「リーバーローション」、保湿美容化粧水「リーバーローションあおもり」の3つの商品が誕生し、2017年の販売開始以来、開発に協力した抗がん剤治療中の患者の間で広がりつつあります。

 

実際にフェアリーベンの化粧水や乳液を使った人からは、

 

「無香料なので吐き気を催さずに使えました」
「治療中だけでなく、春先のアレルギーの時期にも肌荒れが気にならなくなりました」
「治療中は口の周りが粉を吹くように乾燥していたのですが、それが起きなくなりました」
「乾燥が酷い入院中に、全身にいつでも使えるのは便利」

 

――といった声が寄せられています。

 

■リーバーミルクとリーバーローションあおもり

 

原点は青森県の郷土料理、氷頭なます

 

「リーバー」と名のつく化粧品には「プロテオグリカンIPC」という化粧品用に製品化されたプロテオグリカンが使われています。プロテオグリカンとは、動物の皮膚や軟骨にあるタンパク質て゛、ヒアルロン酸やコラーゲンをつくるのを促すだけではなく、それ自体に保水力と保湿力があることがわかっています。

 

肌荒れ、シワ、肌の弾力、メラニン生成や色素沈着を抑える作用も確認されており、ヒアルロン酸やコラーゲンに匹敵する成分とも評価されているのです。ところが、プロテオグリカンそのものは、30年以上も前から認められていたものの、サプリメントや化粧品などへの商業利用が進まず、日の目を見ることのない成分でした。

 

その理由は、人体には害のある試薬でしか抽出できない上に、精製が難しく、冒頭でも触れたように製造コストがわずか1gで3000万円もかかってしまう超希少成分だったからです。

 

この超希少成分に注目した弘前大学と青森県の研究者らが、プロテオグリカンの研究を開始したのは1980年に遡ります。鮭が豊富に採れる青森ならでは発想で「鮭の軟骨に高濃度で存在するのではないか」と、弘前大学が本腰を入れて安全に抽出する方法の研究に着手したのは1990年でした。「実現すれば、破棄される鮭の頭部を有効活用できる」と、青森県も期待を寄せる研究テーマとなりました。

 

1998年のある日、寝ても覚めてもプロテオグリカンの抽出法に思いを巡らせていた弘前大学医学部の故・高垣啓一教授が、行きつけの居酒屋で青森県の郷土料理「氷頭(ひず)なます」に舌鼓を打っていた時のこと。「氷頭なます」に使われる硬い鮭の頭の鼻軟骨が柔らかくなっていることにハッと気がつきます。

 

「柔らかくなるのは軟骨に含まれるプロテオグリカンが酢によって溶け出したのかもしれない!」と閃いたのです。

 

捨てられる鮭から青森県のイチ押し事業を生んだ産学連携

 

「氷頭」とは鮭の頭の鼻軟骨の部分のことで、氷のように透き通っていることから「氷頭」と呼ばれるようになりました。その氷頭を薄くスライスして、酢締めにして柔らかくしたのが「氷頭なます」です。

 

居酒屋で出されたこの郷土料理を糸口に、高垣教授は「角弘」という県内企業と連携し、1000分の1以下の製造コストで純度の高いプロテオグリカンを鮭の鼻軟骨から抽出する世界初の技術を2000年に確立させたのです。角弘は農具や建設資材などの製作販売を担う会社。産学連携で新しい素材や技術の開発に積極的だったことから、弘前大学で生まれた技術の実用化に取り組みました。

 

量産化に5年、化粧品や健康食品の原料製品として上市するまで10年越しだったといいます。化粧品や健康食品の原料製品に向けた開発は、2007年から岐阜県で化粧品原料を開発する一丸ファルコスと組み、2009年5月に化粧品向け成分「プロテオグリカンIPC」が誕生しました。

 

化粧品の成分にするためにいくつかの試験が行われたました。その中で、ヒアルロン酸に匹敵する保水力については、プロテオグリカンIPCとヒアルロン酸を、それぞれ精製水で0.1%に希釈した試料と、精製水のみの試料で比較試験を行いました。

 

各試料をガラスシャーレに同量ずつとり、室温20度、湿度30%で保った乾燥した環境下で、経時的に総重量を測定し、36時間後の残存水分量を精製水のみを100としたときの相対値を算出する方法です。その結果、ヒアルロン酸とほぼ同等の水分含有量が確認されました。

 

こうした品質を守るため、弘前大学で発見された技術で抽出されたプロテオグリカンを配合した製品だけが「あおもりPG」というブランド認証を受けることができる仕組みも作られました。

 

293商品の累計出荷額は217億円

 

プロテオグリカンを鮭の鼻軟骨から抽出する技術を産んだ青森県は人口減少が進んでいます。そうした状況に抗う上で、産業基盤の育成は喫緊の課題です。その突破口と期待されているのがプロテオグリカンなのです。

 

実はこの成分は、食用酢酸とアルコールだけを使って抽出できます。それは氷頭なますの作り方に似た工程で、粉砕したサケ鼻軟骨を濃度4%の食用酢酸溶液に72時間浸漬させてプロテオグリカンを酢に溶け出させるというものです。

 

ヒト・モノ・カネでは大都市圏で不利な環境にある地方で、特産品から発想し、地域ぐるみの研究開発で産業基盤の育成につながる可能性を生み出せることを、プロテオグリカンは示しているといえます。

 

弘前大学の技術で抽出されたプロテオグリカンを地場産業に育てようと、青森県は様々な取り組みを展開します。例えば、消費者への品質を約束するため、弘前大学の技術で抽出されたプロテオグリカンを使った商品には「あおもりPG」というブランド認証をする制度を設けています。

 

地元企業に「多角化経営」を呼びかけて新商品開発など商業利用を促進し、2011年には青森県プロテオグリカンブランド推進協議会(現・あおもりPG推進協議会)を立ち上げ、農家や牧場、建設会社などが化粧品や健康食品分野に新規参入するのをサポートし、研究開発を支援する体制も整えるほどの徹底ぶりです。

 

青森県の自然の恵みを余すことなく活用する産学連携の成果は、2019年3月末までに293商品が誕生(あおもりPG推進協議会の設立以降)、その累計出荷額は217億円に到達しました。

 

フェアリーベンもそうした土壌で商品開発を手掛ける地元企業の1社。抗がん剤投与中の患者や後遺症と生きる人たちに喜んでもらえる化粧品づくりに取り組んでいるのです。

 

 

治験の会社だからこそ汲み取れた患者の気持ち

 

フェアリーベンは2014年に看護師と薬剤師の3人が立ち上げた治験を実施する医療機関を支援する会社です。医療者への教育研修や円滑に治験を実施できるよう被験者登録を進めるなどの支援業務を請け負います。

 

創業者は社長を務める寺岡政作さんで、以前は製薬企業で薬剤師として新薬開発に携わっていました。創業メンバーの看護師は、日頃の診療のほか、新薬や医療機器開発の臨床試験に携わってきた経験があります。

 

■フェアリーベン社長の寺岡政作さん

 

医療施設で抗がん剤投与をする中で、寺岡さんたちは患者たちから

 

「いつもの化粧水で肌荒れになった。他に低刺激のタイプでお勧めってある?」
「体調がすぐれずケアする体力がないときに簡単にケアできるものはない?」
「いいハンドクリームはない?」
 

と相談を受けることが多かったといいます。

 

調べてみると、性別、年齢に関係なく、抗がん剤の副作用の影響が肌に出て、対処に困っている患者が少なくないことがわかりました。

 

抗がん剤投与期間は免疫力が落ちるため、様々な症状が現れます。肌が黒くなるなどの色素沈着という皮膚障害を起こす薬剤もあり、肌や爪が黒ずんだり、全身がカサカサに乾燥したり、どこにもぶつけていないのに青あざのようなものができることもあります。手足の痺れで、歩くことやペットボトルを開けることすら、些細な日常生活に不自由が生じることもあるのです。

 

こうした症状は薬によって異なりますが、抗がん剤投与の副作用としてしばしば起こり、患者を悩ませます。

 

抗がん剤の投与は「地底に引きずり込まれるような倦怠感や疲労感」と例えられるほど、苦しく耐え抜くのが精一杯な時期もあります。何もできず、到底、買い物に出かけることもできません。インターネットですら画面をスクロールするだけで吐き気を催してしまうほどです。

 

こういう時期を乗り越えた患者が、「あの時に欲しかった」というモノのひとつが、乾燥した顔や全身につけるための低刺激な化粧水やクリームだったのです。切実な患者の声を「なんとか形にできないか」と、寺岡さんたちは考えるようになります。

 

社員ががんを発症し開発を決断させる

 

そんな矢先に、メンバーである看護師の1人ががんを発症したのです。創業メンバーと話し合った末、「仲間が使えるものを作ろう」という寺岡さんたちの気持ちが固まります。その看護師も企画開発に加わりました。

 

寺岡さんたちが取り組んだのは、化粧水や乳液などの化粧品成分と、それを入れる容器の企画設計。そして成分と容器それぞれで協力してくれる製造業者の開拓が必要でした。

 

寺岡さんたちが目の前にいる患者に1日でも早く使ってもらうことを目標に、いかに製造コストを抑えた開発ができるかを研究しました。

 

どの成分にどういう効果があるかというのは、薬剤師である寺岡さんが得意とする分野です。数ある成分候補から、複数の配合を並行して研究し、絞っていきました。「プロテオグリカンIPC」はその1つでした。

 

青森県は医薬品と化粧品の製造開発では後発県。寺岡さんたちは、西日本を中心に医薬品や化粧品製造が盛んな地域を回り、1年かけて成分配合や製造量などの条件に合意してくれる製造工場を見つけました。容器を製造する会社探しも然り。

 

刺激がなく、持ちやすい容器にこだわる

 

手先の神経が過敏であるとか皮膚障害がある人にとって太いボトルは持ちにくいため、一般で市販されている他社製品に比べて細く握りやすくしたのがリーバーシリーズの特徴です。プッシュ式のスプレータイプにしたのは、片手で顔や全身に直接かけられるようにするためで、ボトルが細いことも力を入れずに押せる良さだと評判です。

 

化粧水が外気に触れにくいので保存料を少しだけ減らすことができることもプッシュ式の良さ。ボトルの蓋がスクリュー式だと、開け閉めにひねる力が必要なのと、手のひらに化粧水を落とすとなると両手でこする行為が負担になるなど、ボトルの形状だけでも工夫が必要でした。

 

患者が普段から感じている「これが不便」「あれがつらい」という困りごとをつぶさに洗い出し、販売価格を少しでも抑えられるよう、製造に工数がかからないシンプルな設計で完成したのが、リーバーシリーズのボトルです。
 

■スプレー式の化粧水

 

「目の前の患者さんが買いやすいかも大事な検討材料でした」と寺岡さん。開発や製造コストが上がれば商品価格は高くなります。開発者が「作りたいモノ」と、必要とする人が「欲しいモノ」は必ずしも一致するわけではなく、後者にどれだけ寄せた開発ができるかが課題だったと振り返ります。

 

“仕方なく”ではなく“使いたい”と思う商品を作りたい

 

現在、フェアリーベンのリーバーシリーズは、青森県内の大学病院や総合病院など5つの医療機関と、プロテオグリカン「あおもりPG」専門店等で販売されています。「まずは、形になったモノから必要とする困っている人に使ってもらいたい」と寺岡さんは県外への販路開拓に力を注ぎます。

 

■フェアリーベンの製品(右からりんごジュース、赤しそ飲料、化粧品)

 

寺岡さんには「健康な人が使いたいと思うようなかっこいいモノを身体に不自由のある人のために作りたい」という思いがあります。健康な人が怪我や病気になって、毎日不便な思いをすることになったとしても、補えるものがあれば、QOLを改善することはできます。

 

「リーバーシリーズの化粧品はがん患者を対象に開発しました。健康な人が使うことを前提にした日用品も、工夫をすれば健康ではない人にも使いやすくなるひとつの例になったと思います。世の中、健康な人ばかりではないので、病気に悩む人にも使いやすいものをつくり、サポートしていきたい」と寺岡さん。

 

福祉や介護用品は、世話をする人の目線でデザインされたものは少なくありません。不自由を補う人が「“仕方なく”ではなく“使いたい”と思う自助具を使える世界を広げたい」と話す寺岡さんは、化粧品以外の分野での開発にも挑戦しています。

 

構成/真弓重孝=みんかぶ編集部

 

記事内容は執筆時点(2020年02月)のものです。最新の内容をご確認ください。

執筆者情報
柏野裕美(Hiromi Kashino)

柏野裕美(Hiromi Kashino)
  1975年、大阪生まれ。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。広報戦略コンサルタント。
短大卒業後、電器メーカーに就職。シンガポールにわたり日系メーカーに勤務しながら、英ノーザンブリア大学の夜間プログラムに通い、2007年3月にマーケティングマネージメントの学位を取得。同年帰国後、米国の語学アプリベンチャーの日本法人に転職、広報戦略を担当。13年に独立・起業。ジャーナリストとして医工連携をテーマに執筆。医師や看護師をはじめとする医療従事者、患者、医療機器などものづくり企業、自治体を中心に取材活動を続ける。


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