「今は自転車を運転するにも、自動車のように保険の加入が必須なのでしょうか」
近年、自転車による深刻な交通事故被害が発生しています。下の表に示した1億円近い賠償例を見れば、たいていの人は「これは備えなければ!」と思うでしょう。
事例
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賠償額
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男子小学生(11歳)が夜間、帰宅途中に自転車で走行中、歩道と車道の区別のない道路において歩行中の女性(62才)と正面衝突。女性は頭がい骨骨折等の傷害を負い、意識が戻らない状態となった
(神戸地裁 2013年7月4日判決) |
9521万円
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男子高校生が昼間、自転車横断帯のかなり手前の歩道から車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた男性会社員(24歳)と衝突。男性会社員に重大な障害(言語機能の喪失等)が残った
(東京地裁 2008年6月5日判決) |
9266万円
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男性が夕方、ペットボトルを片手に下り坂をスピードを落とさず走行し交差点に進入、横断歩道を横断中の女性(38歳)と衝突。女性は脳挫傷等で3日後に死亡した
(東京地裁 2003年9月30日判決) |
6779万円
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交通事故のうち自転車関連はここ10年を見ても年々減少しており、2018年には過去最少まで減りました。ところが、自転車対歩行者の事故は横ばいで推移、自転車相互の事故に至っては3年前から増えているのです。
自転車は道路交通法上、軽車両に該当するので、人を死傷させれば自動車と同様に行政処分や刑事上の責任、さらに民事上でも責任を問われることになります。事故を起こして人やモノに損害を与えた場合、賠償責任が発生し、死亡に至った場合などは高額の賠償金を支払わなくてはなりません。
上の表にあるように、対人事故で1億円近い賠償命令が出たとなれば、被害者はもちろん、加害者の家計も大変なことになります。ところが自転車の場合、公道を運転する自動車には加入が義務付けられている強制保険の自賠責保険がありません。被害者への賠償金は加害者がすべて負担しなければならず、任意で保険に加入しないと、すべて自己負担で賠償しなくてはなりません。
にもかかわらず、警察庁の調べでは、自転車事故に備えられる賠償責任保険の加入は6割に過ぎません。自転車の無保険車を減らすため、「損害賠償責任保険」の加入を条例で義務化する自治体が増え、その流れを受け損害賠償責任保険が含まれた「自転車保険」の必要性が声高に叫ばれるようになっています。
今回の知っ得ポイントは、自転車の事故に備えにはどのような補償が必要で、それには「自転車保険」を優先すべきなのか――についてです。
自治体が条例で賠償責任保険の加入を促すようになった背景には、2017年に施行された「自転車活用推進法」があります。同法の附則では、政府が新たな損害賠償補償制度を検討、必要な措置を講じるとしました。
これを受け政府は、地方公共団体が条例を制定して賠償責任保険の加入促進や、新たな保障制度の検討を閣議決定。具体的な作業は、国土交通省の専門部会が担い、「自転車版の自賠責保険制度」の創設などを検討しました。
ただ現時点では、制度を新設しても効果は限定的という見方が支配的です。というのも導入すれば、法律で加入義務化や罰則、規制を設けるほか、個々にナンバープレート等の交付が必要となるなど、運用面や費用面のデメリットが大きいからです。
以上から、当面は各地方公共団体が条例を制定して「自転車損害賠償責任保険」などの加入を促進する形で対応し、その一環で条例で加入を義務付ける都道府県や政令市が増えているのです。
条例の種類
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都道府県
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政令市
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加入義務
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11都府県
埼玉・東京・神奈川・長野・静岡・滋賀・京都・大阪・奈良・兵庫・鹿児島 【全都道府県の23%】 |
7市
仙台・さいたま・相模原・静岡・名古屋・京都・堺 【20都市中の35%】 |
努力義務
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13道県
北海道・茨城・群馬・千葉・富山・和歌山・鳥取・徳島・高知・香川・愛媛・福岡・熊本 【同28%】 |
3市
千葉・北九州・福岡 【同15%】 |
なし
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上記以外の県
【同49%】 |
上記以外の政令市
【同50%】 |
表にある加入義務は「加入しなくてはならない」ものですが、努力義務は「加入するよう努めなくてはならない」ことを表し、そのトーンは自治体により異なります。一方でどちらの義務についても、罰則を設けている自治体はないので、未加入でもペナルティはありません。
地方公共団体の中には、交通安全協会等を通じて割安な自転車保険を提供しているところもありますが、その保険の加入義務はありません。ここで強調しておきたいのは、そもそも加入が求められているのは「自転車保険」ではなく「損害賠償責任保険」ということです。
この損害賠償責任保険と「自転車保険」には、どのような違いがあるのでしょうか?
まず「損害賠償責任保険」とは他人にけがを負わせたり、モノに損害を与え、法律上の損害賠償責任を負ったりした時、保険金額を上限にその損害を補償し、被害者への賠償金のほか、弁護士費用等もカバーできます。損害賠償責任保険のうち個人が加入するものを「個人賠償責任保険」と言います。自転車事故も含めて日常生活で起きた損害賠償責任全般を広くカバーできます。
繰り返しになりますが、自治体が加入促進を図っているのは、まさにこの保険です。年間保険料は1000~2000円程度で、最近は保険会社が被害者との間に入って示談を代行する「示談交渉サービス」も受けられる保険が増えています。個人賠償責任保険は単独ではなく、自動車保険や火災保険などに特約で付加するのが一般的で、クレジットカード会員向け保険とか、共済にセットできる場合もあります。
一方、最近注目され始めた「自転車保険」は、「個人賠償責任保険」に加えて、自分のけがを補償する「傷害保険」もセットされています。傷害保険がある分、保険料は割高で、傷害保険の補償が手厚いほど保険料は高くなります。
ただし、「自転車保険」では、賠償責任保険・傷害保険ともに、自転車走行中のみの補償となるタイプがあり、その場合、自転車に絡む事故以外では使えません。保険加入を義務付ける自治体が増える中で、横浜市のように自治体が自転車保険を提供するケースも出ていますが、自治体提供の保険は、割安ではあるものの自転車の走行中のみに発生した損害の補償が主流です。
下の表は自治体を含め、一般の損害保険会社が提供する主な「自転車保険」の例です。
商品名
[提供会社等] |
保険金額
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賠償責任の補償対象
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年間保険料
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「THEクルマの保険」
の個人賠償責任特約 [損保ジャパン日本興亜] |
無制限
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日常生活中の事故
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2000円程度
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「THEすまいの保険」
の個人賠償責任保険 [損保ジャパン日本興亜] |
1億円
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日常生活中の事故
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1200円程度
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「自転車向け保険Bycle
ブロンズコース 家族タイプ」 [au損保] |
2億円
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日常生活中の事故
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7440円
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「ちゃりぽ
あんしんプラン」 [ジャパン少額短期保険] |
1000万円
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自転車事故のみ
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2900円
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「ハマの自転車保険プランc」
[横浜市交通安全協会] *
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1億円
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自転車事故のみ
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3000円
(会費含む) |
TSマーク
[日本交通管理技術協会] **
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1億円
もしくは 1000万円 ** |
自転車による対人事故
死亡・重度後遺障害
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点検整備費用
に含まれる
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商品名
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示談代行
サービス |
被保険者の範囲
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傷害補償
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「THEクルマの保険」
の個人賠償責任特約 [損保ジャパン日本興亜] |
あり
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本人と一定の家族
年齢制限なし |
なし
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「THEすまいの保険」
の個人賠償責任保険 [損保ジャパン日本興亜] |
あり
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本人と一定の家族
年齢制限なし |
なし
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「自転車向け保険Bycle
ブロンズコース 家族タイプ」 [au損保] |
あり
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本人と一定の家族
年齢制限あり |
■死亡・後遺障害500万円
■入院8000円
■手術4万円または8万円
(自転車事故以外は半額)
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「ちゃりぽ あんしんプラン」
[ジャパン少額短期保険] |
なし
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本人と一定の家族 *
年令制限なし
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■死亡・後遺障害300万円
■入院6000円
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「ハマの自転車保険プランC」
[横浜市交通安全協会] |
あり
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本人と一定の家族
年齢制限なし |
■死亡・重度後遺障害
1000万円
(家族500万円)
■入院2000円
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TSマーク
[日本交通管理技術協会] |
なし
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本人、家族、友人
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■死亡・重度後遺障害 **
赤1000万円/青30万円
■入院
赤10万円/青1万円
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「個人賠償責任保険」の加入に年齢制限はありません。しかし、高齢になるとケガのリスクが高まるため、傷害保険が付いている「自転車保険」では、「74歳まで」など年齢条件が設けられている場合があります。示談交渉サービスの有無は商品によりけり。最近は、電動アシスト自転車などの購入時に自転車保険がセットされている場合もありますが、これは1年など期間限定です。このように、自転車保険と一口に言っても、個々に条件が異なり、保険料の負担も変わってくるので確認が必要です。
ちなみに、一定の点検・整備に賠償責任保険がセットされる「TSマーク(=自転車に添付される)」にも賠償責任保険がついています。赤マーク・青マークの2種類がありますが、いずれも補償は1年のみで限定的な内容です。赤マークの補償額は1億円ですが、対象になるのは自転車による対人事故のうち、死亡もしくは自賠責法に定める重度後遺障害の1~7級のみ。対物事故は対象外で、加害者の賠償責任をまるごとカバーすることはできません。これだけでは不十分でしょう。
自転車による賠償事故に備えるなら、他人に対する補償をする個人賠償責任保険と、自分に生じた傷害を補償する傷害保険がセットになった「自転車保険」に加入しなくても、事足ります。できるだけローコストで、かつ充分に賠償リスク全般をカバーするには、火災保険などに個人賠償責任保険特約を付加するのがベター。とりわけ火災保険は、住宅に住む限り掛け続けるものなので、それにセットしておけば補償切れの心配もありません。
そもそも私たちが損害賠償責任を負う場面は、自転車事故に限りません。水漏れを起こし、階下に水濡れ損害を起こしたり、飼い犬が人を噛んだり、ショッピング中に展示品を壊したり…。日常生活上の事故全般をカバーできる個人賠償責任保険は、自転車に乗るかどうかに関わらず誰しも必要です。
そして個人賠償責任保険に加入していれば、賠償の備えに改めて自転車保険に加入する必要は、そもそもないわけです。
自転車保険であれば傷害保険の補償を受けることができます。ただし、自分のケガについては、交通事故でも保険証を用いて治療を受けることはできます(健康保険に「第三者行為による傷病届」が必要)。また傷害保険は、治療費まるごとをカバーできるものではないので、プラスアルファと考えるべきものでしょう。こうした点を踏まえた上で、自転車保険に加入するかどうかを検討するとよいでしょう。
最後に、個人賠償責任補償のある商品を契約する時のチェックポイントは、大きく2つ。
――商品を選べばまずは安心です。
記事内容は執筆時点(2020年01月)のものです。最新の内容をご確認ください。