選ばれる会社になるために、福利厚生を充実させたい。そう考えて情報を集める中小企業の経営者は少なくありません。
ただ、福利厚生と聞いて思い浮かぶのは、住宅手当や休暇制度といった「待遇」が中心ではないでしょうか。
実はもうひとつ、見落とされやすい福利厚生があります。従業員が業務中のケガや病気で働けなくなったとき、その生活と会社を支える「守る」備えです。
この記事では、中小企業の福利厚生の全体像から政府労災だけでは足りない理由、そして従業員と会社の両方を守る「労災上乗せ保険」の役割までを順を追って解説します。
- 従業員を守る備えも重要な福利厚生のひとつ
- 政府労災だけでは補償が足りない場合がある
- 労災上乗せ保険には従業員と会社の両方を守れるメリットがある
中小企業で「選ばれる会社」になる福利厚生とは
中小企業にとって、福利厚生は「選ばれる会社」に近づくための手段のひとつです。
求人を出しても応募が集まらない、採用してもすぐ辞めてしまう。中小企業の採用では、こうした悩みがつきものです。
とくに医療・介護・福祉、飲食、建設、運送などの業種では、人手不足や離職の多さが慢性的な課題になりがちです。
給与を大きく上げるのが難しいなかで効いてくるのが、福利厚生の充実です。賃上げの余力が限られるなかでも、「働く人を大切にする会社」だと伝わる福利厚生は、応募のきっかけや定着の後押しになります。
中小企業の福利厚生には何があるのか
福利厚生は、日々の生活を支える「与える型」と、病気やケガなどの万一に備える「守る型」に大きく分けられます。
会社が任意で用意する福利厚生(法定外福利厚生)には、たとえば次のようなものがあります。
与える型(生活を支える)
住宅手当、家賃補助、食事補助、資格取得支援、慶弔見舞金など
守る型(万一に備える)
健康診断の拡充、メンタル相談窓口、24時間健康相談、セカンドオピニオン制度
病気やケガで長期間働けなくなったときに所得を補う制度(GLTD=団体長期障害所得補償保険)など
限られた予算で福利厚生を充実させるには
福利厚生は、お金をかけずに始められるものから、段階的に広げていけます。
「福利厚生を厚くしたいが、コストばかりかかりそう」と感じる経営者は少なくありません。ですが、福利厚生は必ずしも多額の費用が前提ではなく、まずは費用を抑えて始められるものから、段階的に整えていく考え方が現実的です。
費用を抑えて始められるもの
慶弔見舞金の規定を明文化する
健康相談窓口を設ける
健康診断の案内を手厚くする
余力に応じて広げるもの
金額を伴う支援
住宅手当
資格取得支援
投資として検討するもの
病気やケガで長期間働けなくなったときの従業員を支える「守る」備え
所得補償(GLTDなど)
労災の上乗せ補償
慶弔見舞金の相場
慶弔見舞金は、費用を抑えて始めやすい福利厚生のひとつです。金額の目安は次のとおりです。
結婚祝い金:1万〜3万円
弔慰金 :数万円程度
出産祝い金:1万円程度
金額そのものより、「規定として明文化され、いざというとき確実に支給される」ことが従業員の安心につながります。
相場は業種や企業規模によっても異なるため、同業他社の水準を参考にしながら、自社で無理なく続けられる金額を定めるのが現実的です。
求人で効く福利厚生とは
求職者に伝わりやすいのは、「生活に直結する支援」と「万一のときの安心」の両方です。
同じ給与水準でも、福利厚生の見せ方で応募先の印象は変わります。
たとえば、求人票の福利厚生欄が次のように違っていたら、どちらに魅力を感じるでしょうか。
| A社 | B社 |
|---|---|
住宅手当(月2万円) 人間ドック費用を全額補助 慶弔見舞金の規定あり 長期の病気・ケガに備えた所得補償 | 福利厚生充実 各種手当あり 健康サポートあり |
書かれている内容そのものだけでなく、「何が、どこまで」用意されているかが具体的に伝わるほうが、求職者は働く姿をイメージしやすくなります。
一方で、待遇面のアピールに偏らない視点も大切です。ここが、次に触れる「守る福利厚生」につながります。
「守る福利厚生」という考え方
従業員のケガや病気、万一の事態に備える制度も、福利厚生の重要な柱です。
実際、企業が福利厚生を整える目的として、従業員の意欲向上や定着、人材の確保を挙げる声は多く、厚生労働省の調査でも上位に並んでいます。福利厚生は単なるコストではなく、人材を確保し、長く働いてもらうための取り組みとして位置づけられています。
経営者にとって大きなメリットは、労災上乗せ保険やGLTD(団体長期障害所得補償保険)の保険料を、一定の要件を満たせば損金(経費)として算入できる点です。
新たな人材を1人採用するために数十万〜数百万円の採用コストをかけることと比べれば、月々経費として計上できる保険料で「今いる従業員の離職を防ぎ、求人への応募を増やす」ほうが、結果的にコストパフォーマンスの高い投資といえます。
※保険導入による採用・定着効果を保証するものではありません。
近年は「健康経営」という言葉も広がり、従業員の健康を経営課題として捉え、その維持・増進に投資する会社が増えています。従業員を守る備えは、こうした健康経営の考え方とも重なる取り組みです。
手当や休暇のように「与える」福利厚生に加えて、病気・ケガ・万一の事態から従業員を「守る」備えも、選ばれる会社の条件になりつつあります。
業務中のケガや病気は「労災(政府労災)があるから安心」と思われがちです。ただ、その政府労災だけでは、従業員を十分に守り切れない場面があります。次の章で、その「足りない部分」を見ていきます。
政府労災だけでは足りないことがある
従業員を守る福利厚生を考えるうえで知っておきたいのが、政府労災の限界です。
政府労災は、業務が原因のケガや病気を、会社の過失を問わず補償する国の強制保険です。
ただし補償されるのは治療費や休業分(給付基礎日額の約8割・休業4日目〜)が中心で、精神的な苦痛への慰謝料や、会社が負う損害賠償は対象に含まれません。経営者・役員も原則として対象外です。
| 費目 | 政府労災 |
|---|---|
治療費 | ◯ 支払われる |
休業補償 | ◯ 支払われる |
慰謝料 | × 支払われない |
会社が負う損害賠償 | × 支払われない |
経営者・役員 | 原則 対象外 |
問題は、この対象外の部分です。
従業員が重い後遺障害を負ったり亡くなったりしたとき、本人や遺族から「会社の安全管理に問題があった(安全配慮義務違反)」として損害賠償を求められることがあります。政府労災で埋まらない慰謝料や逸失利益は、会社の負担として残ります。
賠償額は事故の内容によりますが、死亡や重い後遺障害では数千万円から億単位にのぼることもあり、会社の規模とは関係なく起こり得ます。中小企業にとっては、一度の事故が経営を揺るがしかねない金額です。
労災上乗せ保険で備えられる範囲
労災上乗せ保険は、従業員への補償を手厚くする役割と、会社が負う賠償に備える役割の両方を持ちます。
政府労災で埋まらない部分は、任意の保険である「労災上乗せ保険」で備える必要があります。
労災上乗せ保険の特徴は、ひとつの備えが「従業員のため」と「会社のため」の両方を兼ねることにあります。この2つについて順番にご紹介します。
働けない間の収入を支える
業務中のケガや病気で従業員が働けなくなったとき、労災上乗せ保険があれば、その間の収入や生活を支える補償が用意できます。
たとえば月給30万円の従業員が業務中のケガで1か月休んだ場合、政府労災から支給されるのはおよそ21万円です。労災保険の給付は休業4日目からで、最初の3日間は会社が補償します。賞与も計算の対象に含まれないため、通常の収入との差は小さくありません。
労災上乗せ保険はこのような差を埋めて、療養中の従業員の生活を支えます。
※実際の金額は賃金や休業日数によって変わります。
こうした「働けない間の所得を支える」仕組みには、GLTD(団体長期障害所得補償保険)と呼ばれる保険もあります。病気やケガで長期間働けなくなったとき、収入の一部を毎月補う保険です。
どちらも従業員にとっては、心強い福利厚生です。「会社が、万一のときの生活まで考えてくれている」という信頼は求人で他社と差がつく要素になり、社員の定着にもつながります。
会社を高額賠償から守る
従業員から高額な損害賠償を求められたときに備え、その賠償を補償の対象にできます。
前の章で見たとおり、従業員が業務で健康を損ない「会社の安全管理に問題があった」として訴えれば、賠償額が数千万円から億単位になることもあります。
政府労災が給付するのは従業員に対してで、会社が負う賠償までは対象外です。中小企業にとっては、一度の賠償が資金繰りを直撃しかねない金額になってしまう可能性もあります。
労災上乗せ保険には、この会社の賠償をカバーする補償を組み込むことができます。
万一のとき、従業員やご遺族にしっかりとした補償を届けられ、その支払いで会社の経営が揺らぐことも防げます。従業員を誠実に守ることが、そのまま会社を守ることにつながります。
従業員のための備えが、会社も守る
労災上乗せ保険は、かけたコストが従業員と会社の両方に返ってくる点に、他の福利厚生にはない意味があります。
福利厚生を考えるとき、どうしてもコストは抑えたいというのが本音です。手当を増やせば固定費は膨らんでしまいます。
ここまで見てきたように、労災上乗せ保険は従業員のための備えでありながら、同時に会社を守る保険にもなります。
同じ一つの支出が、従業員の安心と会社の防衛の両方に働く。これは、手当や休暇のような「与えるだけ」の福利厚生にはない特徴です。
まとめ:福利厚生は「守る備え」から始めても遅くない
福利厚生は、従業員を守る備えから始めても遅くありません。まずは自社に足りない部分を知ることが第一歩です。
福利厚生というと、手当や休暇のような「与える」ものを思い浮かべがちです。ただ、ここまで見てきたように、従業員が万一のときに支えられる「守る」備えも欠かせません。
政府労災だけではカバーしきれない部分があり、その不足は従業員の生活にも、会社の経営にも影響します。労災上乗せ保険は、その「足りない部分」を埋め、従業員と会社の双方を支える備えになります。
大がかりな制度を一度にそろえる必要はありません。まずは、自社の従業員にとって何が足りていないのかを知ることが第一歩です。その足りない部分が見えてくれば、次に何を備えるべきかも自然と定まっていきます。