従業員が業務中にケガをしたり亡くなったりしたとき、政府労災から補償が支払われます。しかしそれとは別に、本人や遺族から「会社の安全管理に問題があった」として損害賠償を求められることがあります。
このとき請求されるのは、政府労災の給付には含まれない慰謝料や逸失利益です。
この記事では、会社が賠償責任を問われる仕組みと、実際の賠償額がどのくらいになるのか、そしてどう備えるのかを解説します。
- 会社は労働契約法で従業員の安全に配慮する義務を負っている
- 賠償額が1億円を超えた事例がある
- 労災が認定されても会社の賠償責任はなくならない
なぜ会社が賠償を求められるの?|安全配慮義務とは
会社は法律上、従業員の安全に配慮する義務を負っており、これを怠って事故が起きた場合に損害賠償責任を負います。
この義務を安全配慮義務といい、労働契約法第5条に定められています。使用者は労働契約にともない、労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をするものとされています。
何をしていれば義務を果たしたことになるの?
安全配慮義務の内容は、あらかじめ一律に決まっているわけではありません。
労働者の職種や業務内容、作業をする場所などの具体的な状況によって、求められる配慮の中身は変わります。
実際の裁判では、次のような点が問われています。
| 設備・環境 | 危険を防ぐ設備が整えられていたか |
|---|---|
| 人員配置 | ひとりに過度な負担がかかる配置になっていなかったか |
| 労働時間の管理 | 長時間労働が続いていることを把握していたか |
| 健康状態の把握 | 体調の悪化を認識しながら放置していなかったか |
安全配慮義務は、製造業や建設業など事故リスクの高い業種だけの問題ではありません。長時間労働や従業員の健康管理など、オフィスワーク中心の会社でも問われる可能性があります。
このように、労災事故で会社が負う法律上の賠償責任を「使用者賠償責任」といいます。
実際にいくら払うことになる?|使用者賠償責任の事例
過去には、会社が約1億6,800万円を支払う内容で和解が成立した事例があります。
金額は事案ごとに異なるため、一般化はできません。ここでは公的機関が紹介している事例を2つ挙げます。
事例1|長時間労働によるうつ病と自殺
入社1年5か月の新入社員(男性・24歳)が、慢性的な長時間労働のなかでうつ病を発症し、自殺した事案です。遺族が会社に損害賠償を求めました。
裁判は最高裁まで争われ、最終的に会社が約1億6,800万円を支払う内容で和解が成立しました。
最高裁は、使用者は業務の遂行にともなう疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う、と判断しています。
厚生労働省 こころの耳「うつ病による過労自殺について使用者の安全配慮義務違反を認めるリーディングケースとなった裁判事例(電通事件)」
事例2|宿直勤務中に従業員が被害を受けた事故
宿直勤務中の従業員が、窃盗目的で侵入した元従業員に襲われ死亡した事案です。
裁判所は、会社には侵入を防ぐ設備を設けるか、それが難しければ宿直員を増員する、安全教育を十分に行うなどの配慮をする義務があったとして、安全配慮義務違反を認めました。
賠償金の中身は?|慰謝料と逸失利益
請求されるのは、慰謝料と逸失利益の2つです。どちらも政府労災の給付には含まれていません。
慰謝料は、本人や遺族が受けた精神的な苦痛に対して支払うものです。逸失利益は、本人が働き続けていれば得られたはずの収入にあたります。
金額が大きくなるのは逸失利益のほうです。将来にわたって得られたはずの収入をもとに算定するため、亡くなったのが若い従業員であるほど、対象となる期間が長くなります。
政府労災に入っていれば、賠償は払わなくていい?
政府労災(労災保険)と損害賠償の違いは、政府労災が法律で定められた給付であるのに対し、損害賠償は会社が負う法律上の責任だという点です。労災が認定されても、会社の賠償責任はなくなりません。
政府労災は、業務が原因のケガや病気に対して、法律で定められた給付を行う制度です。
会社に過失があったかどうかを問わずに支払われる代わりに、給付の範囲はあらかじめ決まっています。
そこに慰謝料と逸失利益は含まれていません。これらを含めた損害の回復を求める場合、被災した従業員や遺族は、会社に対して別途賠償を請求することになります。
労災が認定されたからといって、直ちに会社の損害賠償責任が認められるわけではありません。一方で、労災給付とは別に、安全配慮義務違反などを理由として会社の民事上の責任が争われる場合があります。
使用者賠償責任保険での備え方|限度額はどう決める?
ここまで見てきた賠償に備えるのが、使用者賠償責任保険です。
単独の保険商品ではなく、労災上乗せ保険に特約として組み込む形で用意します。
政府労災、労災上乗せ保険との関係を整理すると、次のようになります。
| 種類 | 対応する範囲 |
|---|---|
政府労災(義務) | 治療費・休業・障害・死亡に対する法定の給付 |
労災上乗せ保険(任意) | 政府労災では足りない従業員への補償 |
使用者賠償責任(任意) | 会社が法律上負う損害賠償 |
事故が起きたとき、会社には従業員への補償と、賠償への対応が同時に発生します。政府労災だけでも、上乗せの補償だけでも足りず、3つを組み合わせて備えることになります。
賠償より先に必要になるのは「補償」
事故の直後に会社ができるのは、本人や遺族に対して速やかに補償を示すことです。ここで誠意ある対応ができるかどうかが、その後の話し合いの進み方を左右することもあります。
賠償への備えは、それでも折り合いがつかなかったときのものです。訴えられる前に打てる手があるからこそ、補償と賠償の両方を用意しておく意味があります。
限度額はどう考える?
前述の事例のとおり、死亡や重い後遺障害が残った場合の賠償額は億単位になることがあります。
使用者賠償責任の特約をつけていても、限度額を低く設定すると、超えた分は会社の自己負担として残ります。実際の設定にあたっては、従業員数や業務内容を踏まえて判断することになります。
使用者賠償責任保険についてよくある質問
下請の従業員が被災した場合も責任を問われる?
自社の従業員でなくても、責任を問われる可能性があります。
過去には、元請企業と下請企業の従業員との間にも安全配慮義務が認められた事例があります。実際に責任を負うかは、指揮命令の実態などによって判断されます。
メンタル不調による休職も対象になる?
長時間労働などが原因である場合、賠償を求められることがあります。
事例1のように、業務と精神疾患の因果関係が認められれば、会社の責任が問われます。ケガだけでなく、働かせ方そのものが対象になる点に注意が必要です。
まとめ|賠償は労災認定とは別に発生する
会社が従業員の安全に配慮する義務は、労働契約法に定められたものです。これを怠って事故が起きた場合、政府労災とは別に、会社が損害賠償を負うことになります。
請求されるのは慰謝料と逸失利益で、死亡や重い後遺障害が残った場合は億単位になることもあります。過去の事例では、会社が約1億6,800万円を支払う内容で和解が成立しました。
政府労災に加入していても、賠償には備えられません。備えるには、労災上乗せ保険に使用者賠償責任の特約を付ける形になります。
すでに加入している場合も、特約の有無と限度額は確認しておく価値があります。契約内容は会社ごとに異なるため、現状を伝えたうえで相談してみてください。