パワハラや不当解雇をめぐって、従業員や元従業員から会社が訴えられることがあります。ハラスメント防止が法律上の義務となり、会社の対応が問われる場面は以前より増えています。
こうしたトラブルで会社が支払う賠償に備えるのが、雇用慣行賠償責任保険です。労災事故に備える保険とは対象が異なるため、すでに労災関連の保険に加入している会社でも、雇用慣行に関する補償が十分とは限りません。
この記事では、どんなトラブルが対象になるのか、会社がどんな責任を問われるのか、そして他の保険との関係までを解説します。
- ハラスメントや解雇の賠償は労災向けの保険では対応できない
- ハラスメント防止は法律で定められた会社の義務である
- 上司個人の行為でも会社に支払いが命じられた裁判例がある
雇用慣行賠償責任保険とは?
雇用慣行賠償責任保険とは、パワハラや不当解雇など、雇用に関するトラブルで会社が訴えられたときの賠償に備える保険です。
単独で加入できるものは少数で、一般的には賠償責任保険などに特約として付帯する形で用意します。
労災事故の備えが「業務中に起きたケガや病気」を対象とするのに対し、雇用慣行賠償責任は「従業員に対する会社の扱い」や「雇用上の判断」をめぐるトラブルが中心です。
同じ「従業員から会社が訴えられる」場面でも、原因によって必要な保険が変わります。
どんなトラブルが対象になる?
代表的なのは、ハラスメントや解雇、人事上の取り扱いをめぐるトラブルです。
具体的には、次のようなものが挙げられます。
ハラスメント:パワハラ、セクハラ、マタハラなど
解雇・退職 :不当解雇、退職の強要、雇止め
人事上の扱い:不当な降格、配置転換、仕事を与えないこと
差別的な扱い:性別、年齢、国籍などを理由とする不利益な 取り扱い
一方、業務中の事故によるケガや病気は対象外です。こちらは使用者賠償責任の領域になります。
https://ins.minkabu.jp/columns/rousai-employers-liability-260929
パワハラや不当解雇で会社が負う責任とは?|賠償の事例
ハラスメントの防止は法律で定められた会社の義務であり、これを怠った場合には、会社が損害賠償責任を負う可能性があります。
行為をした本人だけの問題では済まない点が、雇用トラブルの特徴です。
ハラスメント防止は会社の法的義務
労働施策総合推進法などにより、事業主にはハラスメント防止のために必要な措置を講じる義務があります。相談窓口の設置や、事実関係の迅速な確認、再発防止に向けた措置などが含まれます。
規模を問わず、すべての事業主が対象です。
厚生労働省「あかるい職場応援団」ハラスメントに関する法律とハラスメント防止のために講ずべき措置
解雇には客観的に合理的な理由が必要
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合、権利を濫用したものとして無効になります。労働契約法第16条に定められています。
無効と判断されれば、解雇した従業員の地位が続いていたことになり、その間の賃金の支払いを求められることもあります。
事例1|仕事を外し、隔離した行為に600万円
高等学校の教諭に対して、授業や担任を外したうえで、職員室内で席を隔離し、4年6か月にわたって別室に置き、その後5年以上の自宅研修を命じた事案です。
裁判所は、これらの命令が業務命令権の範囲を逸脱した違法なものであるとして、学校を経営する法人に600万円の損害賠償を命じました。
ケガや病気をともなうトラブルではなく、働かせ方そのものが問われた事例です。
事例2|上司の行為に会社も支払いを命じられた
消費者金融会社の従業員3名が、上司と会社を相手に損害賠償を求めた事案です。
上司は、冬場に扇風機の風を部下に向け続ける、会議で「明日から来なくていい」と怒鳴る、始末書を書かせる、背中を殴る、といった行為をしていました。
裁判所はこれらを違法と認め、慰謝料として60万円・40万円・10万円と、抑うつ状態になった1名の治療費と休業損害を、上司と会社の両方に支払うよう命じました。
このうち1名は、扇風機の件を別の上司に相談していましたが、真摯に取り合ってもらえないまま心療内科を受診し、休職に至っています。会社が相談を受けた時点で対応していれば、損害の拡大を防げた可能性があると指摘されました。
厚生労働省「あかるい職場応援団」日本ファンド(パワハラ)事件
労災上乗せ保険・使用者賠償責任との違いは?
訴えられる原因によって、対応する備えが変わります。
従業員とのトラブルに備える保険は、大きく3つに分かれます。
| 備え | 対応する場面 |
|---|---|
労災上乗せ保険 | 業務中のケガ・病気について、政府労災では足りない従業員への補償 |
使用者賠償責任 | 業務中の事故について、会社が法律上の損害賠償責任を負った際の補償 |
雇用慣行賠償責任 | ハラスメントや解雇など、雇用上の扱いをめぐって会社が賠償責任を負った際の補償 |
上の2つは業務災害が起点で、いちばん下は雇用上の扱いが起点です。労災上乗せ保険に加入していても、雇用慣行賠償責任の特約がなければ、ハラスメントや解雇のトラブルには対応できないことになります。
ただし、パワハラが原因でメンタル不調に至った場合のように、両方にまたがるケースもあります。どちらの保険が対象になるかは契約内容によって異なるため、重複や抜けがないかを確認しておくことが大切です。
https://ins.minkabu.jp/columns/rousai-uwanose-basics-260929
雇用慣行賠償責任保険についてよくある質問
雇用慣行賠償責任保険は訴訟にならなくても使える?
実際に訴訟に至らなくても、争いになった時点で費用が発生することがあります。
弁護士への相談費用や、示談で解決する場合の和解金などが対象に含まれる契約もあります。対象となる費用の範囲は商品によって異なります。
中小企業でもハラスメント対策は必要?
会社の規模にかかわらず、ハラスメント防止の措置義務は課されています。
従業員数が少ない会社では、相談窓口の設置や事実確認の体制が整えにくく、対応が遅れやすい面もあります。
社員同士のパワハラでも会社の責任になる?
直接の当事者でなくても、会社が責任を問われることがあります。
事例2のように、行為をした本人と会社の双方に支払いが命じられることがあります。
まとめ|雇用慣行賠償責任保険は労災とは別の備え
従業員から訴えられる原因は、業務中の事故だけではありません。ハラスメントや解雇といった雇用上の扱いも、会社が賠償責任を問われる場面になり得ます。
ハラスメント防止は法律上の措置義務であり、行為をした本人だけでなく、会社の責任が認められた裁判例もあります。
こうしたトラブルは、労災向けの保険では対応できません。備えるには、雇用慣行賠償責任の特約が必要です。
すでに何らかの賠償責任保険に加入している場合も、どこまでが対象になっているかは契約ごとに異なります。現状を伝えたうえで、抜けがないか確認してみてください。